2009 Fiscal Year Annual Research Report
弁証論を手がかりとする道徳形而上学の再構築-道徳的自然主義を越えて-
Project/Area Number |
19520005
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Research Institution | Iwate University |
Principal Investigator |
宇佐美 公生 Iwate University, 教育学部, 教授 (30183750)
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Keywords | 道徳の基礎付け / 道徳的自然主義 / カント / 自由意志 / 道徳の形而上学 / 弁証論 / 内在主義 / 無制約者 |
Research Abstract |
本年度は、まずメタ倫理学の観点から、道徳判断の位置づけ、道徳の基礎付けなどの問題を整理し、後者の問題において道徳的自然主義が有する意義と限界を確認した。道徳には、生物の進化の過程で一種の生き残り戦略として獲得された「そこそこの道徳」という事実的な側面が備わっていることは認めざるを得ず、その意味で自然主義の主張には一理ある。だが哲学的問いの対象となった段階から、道徳には事実のレベルを超えて、独り歩きし外部根拠を遮断しつつ自らの基礎付け・正当化を求めようとする性格が加わったと考えられる。この性格は、近代以降特に自由ないし自律が道徳の要件と見なされるようになって顕著になったが、他方で道徳に欺瞞性の批判や独善性の嫌疑を引き入れる誘因にもなっている。(この点は、本年度自由意志の問題を検討することで得られた着想である。)そして道徳に見られるその様に特殊な性格が何に由来しているかを探ることは、道徳の権力性や欺瞞性の秘密を解明し、道徳の形而上学的基礎付け要求の意義を検討するためにも必要なことである。そのような探求の導きの糸の一つが、カントの「理性の弁証論的性格」である。本年度の研究では、「理性の事実」による基礎付け以前に「弁証論」においてカントが理性に対し指摘した、「無制約者」を求める「理性の自然的性向」に着目し、道徳原理と(その諸様態の)提示を、「無制約者の探求」の暫定的帰結と捉えることで、その意義を批判的に検討した。このような道筋では、道徳原理の確定と基礎付け要求への最終回答を得ることは(カント自身がそうであったように)困難だが、反面で道徳が持つ欺瞞性とその一方での崇高さ、さらには道徳への動機づけの可能性について説明する手がかりを得ることができる。いわば道徳の基礎付けの可能性を断念しつつ、基礎付け要求の秘密と他の規範や規則には見られない特殊な性格、そして(カントの定言命法の諸様式に象徴される)道徳原理の吟味可能性を得ることで、基礎付け問題に対する新たな展開の地平を拓くことができた。最終年度である来年度は、この様にして拓かれた地平で、道徳的自然主義を越えた新たな道徳形而上学の意義を明らかにする予定である。
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