2010 Fiscal Year Annual Research Report
弁証論を手がかりとする道徳形而上学の再構築―道徳的自然主義を越えて―
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19520005
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Research Institution | Iwate University |
Principal Investigator |
宇佐美 公生 岩手大学, 教育学部, 教授 (30183750)
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Keywords | 道徳的自然主義 / カント / ヒューム / 理性の自然的性向 / 弁証論 / 内在主義 / 道徳の基礎付け / 適法性批判 |
Research Abstract |
本年度は、まず道徳的価値の世界の生成の源泉が生物学的自然の世界にあり、その意味で道徳の基礎付けに関する自然主義的解釈が一定の説得力を持っていることを、近年の進化論的生物学、動物生態学、認知科学等の研究成果を活用しながら再確認した。さらにこの道徳的自然主義が、応用倫理学的諸問題についてもしかるべき回答と指針を提示してくれることも確認した。しかし同時にこの立場は、エンハンスメントなど人間的自然に介入する技術をめぐって新たな課題を抱え込むことにもなる。そこでこの様な現代の科学技術がもたらす課題を見据えながら、本年度は道徳的自然主義の流れをD.ヒュームにまで遡り、彼が行った「理性批判」と知識と道徳に関する「常識の復権」の意義を確かめた上で、その批判がカントに与えた影響を、伝統的解釈とは異なる観点から検討した。そこで明らかになったことは、カントは単にヒュームの自然主義的道徳理論に対し理性主義的道徳理論を再提示したわけではなく、むしろヒュームが着目した「自然的性向」を「無制約的なもの」を求める人間の弁証論的理性の裡に見定め、それを道徳の基礎付けに活用することで、道徳をいわゆる「リゴリズム」や「フェティシズム」に収斂させることなく、むしろ「適法性」を批判的に吟味しうる場としての道徳性の地平を拓いてくれているということである。道徳の基礎付け問題の一つに、道徳的内在主義の独断性をいかに克服するかという課題があるが、カントの基礎付け論の上記の弁証論的側面を、(「理性の事実」が展開される以前の一時期の立場ではあっても)「理性の事実」に象徴される内在主義の課題を克服しうる道を提示すると同時に、現代の道徳的自然主義につきまとう上述の課題を解決するための基盤を提供するものとして捉え直すことができたことが、本年度の研究成果である。
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