2007 Fiscal Year Annual Research Report
三大社会病(結核、梅毒、アルコール中毒)と自然主義期の小説
Project/Area Number |
19520240
|
Research Institution | Kumamoto University |
Principal Investigator |
寺田 光徳 Kumamoto University, 文学部, 教授 (10155468)
|
Keywords | アルコール中毒 / ゾラ / ルーゴン=マッカール叢書 / 『居酒屋』 |
Research Abstract |
今年度は3年計画の最初の年なので、対象にした三大社会病の中からアルコール中毒を重点的に研究した。以下は研究成果の概要である。 アルコール中毒の蔓延する社会状況に敏感に反映した小説にはゴンクール兄弟の『ジェルミニー・ラセルトゥー』(1865)とゾラの『居酒屋』(1877)がある。アルコールの及ぼす害毒について先鞭を付けたのは前者であるが、後者はアルコール中毒を作中の単なるモチーフを越えて説話機能を担わせるほど縦横に活用させることに成功している。 ルーゴン=マッカール叢書の第一巻『ルーゴン家の繁栄』(1871)で、ゾラはアルコール中毒を当時の一般常識から一種の遺伝病のように見なしていた。しかし第七巻の『居酒屋』になると、ゾラは労働者の生活環境を研究し、アルコール中毒には遺伝の影響を否定できないものの、それ以上に彼らのおかれた社会的立場や生活環境に多大の原因があると考えるにいたる。つまりアルコール中毒は遺伝のような個人的資質よりも労働者の生活環境に依存すると主張し出すようになるのである。 ただし『居酒屋』のその後を見ると、アルコール中毒に陥ったクーポーやジェルヴェーズの遺伝的影響をこうむっていると見られる子供たちはアルコール中毒をそのまま受け継ぐのでなく、「道徳的な堕落」、「殺人狂」、「神経症」に変貌した遺伝病に苦しむことになる。もちろんそうした遺伝病の変貌も当時のアルコール中毒の病理学にしたがったものである。ルーゴン=マッカール叢書で注目したいのはそのような今では荒唐無稽と思われるアルコール中毒の病理学ではない。説話論的な観点から見たとき、そのような病理学に基づいてゾラがアルコール中毒やそれの変形した病気によって彼らをすべて死に至らしめたことである。つまりアルコール中毒というのはルーゴン=マッカール叢書では否定の原理として機能している。
|
Research Products
(2 results)