2009 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
19520249
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Research Institution | Kyoto City University of Arts |
Principal Investigator |
柏木 加代子 Kyoto City University of Arts, 美術学部, 教授 (10128689)
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Keywords | 仏文学 / 自然科学 / 文学論 |
Research Abstract |
『聖アントワーヌの誘惑』全3版(1849,1856,1874)における「宇宙」場面の度重なる改訂が物語るもの、それは、作家フロベールの精神の記録である。 49年版に見るロマン主義の影響あらわで、饒舌、多感なデカルトの二元論。推敲を重ねた56年版のスピノザの一元論への傾倒。そして、74年への改訂は、1870年7月19日にはプロシアと開戦、8月末にスダンで第2帝政が崩壊する政治的にも波瀾万丈の時期であった。1871年4月にフロベールはプロシアに占領されていたクロワッセに戻り、執筆を続ける。自然科学がめざましい発展を遂げる19世紀後半にあって、同時代人であるルナンの「科学による神学の解体」を反面教師として「教化された」フロベールは、紋切り型イメージによる風刺文学である74年版『聖アントワーヌの誘惑』を完成させることで、神話に依拠した啓蒙期以前の宗教秩序を、ルナンとは異なった「科学的な芸術」に刷新したといえよう。『科学の将来』(1849年作、出版はフロベール死後の1890年)におけるルナンは「芸術と芸術家は、科学と科学者の利益のために消えるであろう」という考えであったが、フロベールが切望したのは、「科学的な芸術であって、科学による芸術摂取ではない」のであった。 フロベール文学は19世紀ヨーロッパ自然科学の潮流に則しつつ、それを遙かに先取りしていたのである。
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Research Products
(1 results)