2009 Fiscal Year Annual Research Report
初期近代イングランドにおける民衆文芸に関する学際的研究
Project/Area Number |
19520264
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Research Institution | Japan Women's University |
Principal Investigator |
佐藤 和哉 Japan Women's University, 文学部, 准教授 (00235326)
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Keywords | 民衆文化 / 読み書き能力 / イングランド文化史 / 読書の歴史 |
Research Abstract |
今年度は本研究の最終年度にあたり、初期近代イングランドにおける民衆向け出版物に関する研究の総括を行った。 第一に、民衆向け出版物とナショナリズムとの関連である。本研究の中心的資料である「物語集」は、さまざまな地方でほぼ同じ内容のものが出版され、読まれていた。これまであまり指摘されてこなかったが、「物語集」のタイトルには、「ウォリック」のガイや「ニューベリー」のジャックなどのようにイングランド各地の地名が頻出する。また、時代についても、「ウェストミンスタのメグ」では、16世紀はじめにヘンリ八世がフランスを攻めたときの戦いに従軍していることが語られているなど、具体的な歴史上の言及も多い。このような地理的、歴史的な認識は「集中型」読書によって民衆にくり返しインプットされ、地域横断的な「想像の共同体」の形成に寄与するところが大きかった、というのが本研究の発見である。これまで「ローカル」なものと考えられてきたポピュラー・カルチャーは出版物という形式を通じてナショナルな広がりを見せ、この時代のナショナリズム形成の一端を担った。第二に、民衆による暴動を扱った「物語集」のテクストの精査を通じて、民衆の「権力」に関する認識と価値意識の様態が検討された。従来のポピュラー・カルチャー研究においては、民衆は抑圧される側として権力を認識するものとされ、非抑圧者に共感するものと考えられていたが、本研究で対象としたテクストでは、「反乱」や「暴動」が強い非難の対象として表象される一方で、それを鎮圧する英雄に共感が向けられており、これらの娯楽的読み物においては民衆の保守性が発露することが明らかとなった。 以上のように、本研究は、民衆向け出版物の研究を通じて、初期近代イングランドにおける「ポピュラー・カルチャー」という概念そのものの見直しにまで到達しえたと言える。
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Research Products
(3 results)