2009 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
19520281
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
増本 浩子 Kobe University, 人文学研究科, 准教授 (10199713)
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Keywords | ドイツ文学 / 現代スイス文学 / スイス文化史 / 国際情報交換 / ドイツ:スイス |
Research Abstract |
本研究の目的は、スイスのナショナル・アイテンティティをめぐる政治的言説と文学との関係について考察することである。21年度の課題は、20年度に引き続き、現代スイス文学を代表する作家マックス・フリッシュとフリードリヒ・デュレンマットのスイス論を考察し、さらに他のスイス人作家、特にペーター・ビクセルのスイス論『スイス人のスイス』Des Schweizers Schweiz(1997)も視野に入れて比較検討することだった。その結果、明らかになったのは次のような点である。 1.スイスのナショナル・アイデンティティはふたつの「神話」と密接に関連している。すなわち、建国神話(その象徴的存在がヴィルヘルム・テルという文学的形象である)と、スイスが多文化共生社会のモデルであるという神話である。 2.フリッシュは建国神話を、デュレンマットは多文化共生の国スイスという神話を脱神話化することを試み、それがスイス人読者の愛国心を逆撫でした。 3.建国神話は直接民主制および武装中立という、スイスの大原則に深く関わっている。ビクセルは、スイス軍がスイスを分裂から守り、ナショナル・アイデンティティを形成する制度として機能していることを指摘している。興味深いのは、建国の英雄とされる伝説上の人物ヴィルヘルム・テルが弓という武器を携えた農民だったことである。テルはいわば民兵なのであって、テルの存在が現代においてもなお、スイス軍の存在と家庭内における武器の保有を正当化しているのである。スイス軍廃止に替成するフリッシュが、テル伝説の解体を試みたのも、このような関連で考えれば非常に納得がいく。 4.もうひとつのり神話、すなわち多文化共生社会のモデルとてのスイスという神話に関して、デュレンマットが主に批判したのは、各言語圏の間にある深い溝の存在だった。つまりスイスでは多言語・多文化は単に併存しているだけで、共存しているわけではないのである。主として1970年代になされたデュレンアットの批判が今日でもなお有効なものであるかどうかを、2000年に行われた国勢調査の結果と照らし合わせて検討した結果、溝は今でも存在しており、その溝を埋めるために若い世代が国語ではなく、外国語である英語を使う傾向が強まっていることがわかった。この英語偏重の風潮が、スイス人のナショナル・アイデンティティの一部であり、国是でもある多言語主義を今や脅かしつつあると言える。 これまでドイツ語圏スイスでの議論しか視野に入れることができなかったが、2010年3月に来日したローザンヌ大学講師フランソワーズ・フォルヌロ氏と、ドイツ語圏スイスとフランス語圏スイスの作家たちの交流について意見交換ができたのは非常に有意義だった。
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