Research Abstract |
内閣文庫に所蔵される,全平話と総称される元代に福建で刊行された相本(上図下文本)のうち,前漢を対象とする『前漢書平話続集』については,それが「続集」とされていることから,すでに佚した,これ以前の部分を対象とする作品の存在が夙に推定され,「正集」と仮称されてきた。福建に受け継がれていた全相平話出版の伝統は,明代の嘉靖年間の熊鍾谷大木の改編をへた後,同じく全相形式を採る『全漢志伝』、『両漢開国中興伝誌』として蘇った。この両者は,『前漢書平話続集』が扱う部分のみならず,それ以前,ならびに後漢を含むそれ以後の部分をも対象としていた。しかも,「続集」以前の,楚漢の争いを記す部分のボリュームは,「正集」のみとするには多すぎるものであった。ここに,「正集」一部ではなく,かつては「前集」、「後集」の二部が存在していたのではないかとの発想が生まれた。前、後、続とくれば,これに続く別集があってもよいし,『前漢書平話』があるなら『後漢書平話』があってもおかしくない。だが,『前漢書平話続集』と『全漢志伝』、『両漢開国中興伝誌』の正確な関係がわからなければ,議論はあいまいなままに終わってしまう。だから,『前漢書平話』の「前、後集」や,『後漢書平話』を復元するために,『前漢書平話続集』から『全漢志伝』、『両漢開国中興伝誌』への変遷の跡を正確に把握しようというのが本研究の趣旨であった。 筆者はこの方針により,『前漢書平話続集』の上巻部分を対象とする,「前漢書平話続集、全漢志伝、両漢開国中興伝誌輯校本(試行本)並びに研究」を平成18年度に発表しており,平成19年度については『前漢書平話続集』中、下巻部分につき同様の輯校本を作成することにしていた。ところが,この計画を変更せざるをえない状況が生じた。スペインのエスコリアル修道院所蔵の『漢書故事大全』が,これまで『後漢書平話』の子孫と目されてきた『全漢志伝』、『両漢開国中興伝誌』の後漢部分と同じ内容を語るものであるということが,平成19年3月出版の科学研究費補助金(基盤研究(B))の研究成果報告書「ヨーロッパ現存中国学資料の研究」掲載の「『漢書故事大全』校定稿」とその解題「『漢書故事大全』について」で明らかになったのである。 本研究は,この状況を踏まえ,急遽既定の研究計画を変更した。本年度は,昨年度すでに上巻部分を発表した,『前漢書平話続集』、『全漢志伝』、『両漢開国中興伝誌』三者の「輯校本(試行本)」の中、下巻部分を作成、発表することを目指していたが,それに替え,『全漢志伝』、『両漢開国中興伝誌』、『漢書故事大全』三者の輯校本作成を優先することとし,三者のそろう,『全漢志伝』の「東漢」巻四,『両漢開国中興伝誌』巻五部分について,それを「全漢志伝、両漢開国中興伝誌、漢書故事輯校本(試行本)並びに研究序説」として発表した。「並びに研究序説」とあるように,この論文は「輯校本(試行本)」(40-81p)とこれまでの研究史を踏まえ,今後の研究の見通しを述べた「研究序説」(25-39p)からなっている。さらに,平行して実施していた「前漢書平話続集、全漢志伝、両漢開国中興伝誌輯校本(試行本)」の中、下巻部分についても,既発表の上巻部分を修訂したものと合わせて一冊とし,既発表の関係する論文二篇に新たに執筆した「両漢開国中興伝誌、全漢志伝版本源流考」(22-30p)を加え,本研究の中間成果報告書として出版することにした。
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