2008 Fiscal Year Annual Research Report
クローチェ美学の受容の問題を中心とした大正期文芸思潮の研究
Project/Area Number |
19720047
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Research Institution | Kochi University |
Principal Investigator |
田鎖 数馬 Kochi University, 教育研究部・人文社会科学系, 准教授 (70437705)
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Keywords | 谷崎 / 大正期文芸思潮 / クローチェ |
Research Abstract |
大正期のクローチェ美学の受容の様相を明らかにすべく取り組んできたが、十分な解明に至らなかった。そのため、少し視点を変えて、クローチェ美学を受容する以前の谷崎の作品と、それ以後の作品との質の変容について考えることにした。以後の作品に関しては、拙稿「「愛すればこそ」の構造」で論じたので、以前の作品のうち、谷崎の「刺青」に焦点を当て、右の変容の問題を考える足掛かりとした。まず、「刺青」の作品の成立に『敵討討姐妃のお百』という講談本が深く関与していることを明らかにした。同時に、この作品には、谷崎の「続悪魔」という作品にも大きな影響を与えていたことを示した。その上で、「刺青」と「続悪魔」との間では、この講談本、あるいは、それをも含めた毒婦物の位置付け異なることを指摘した。「刺青」では、「愚」が徳とされていた時代が設定されていたために、その毒婦物の世界が皆で共有され、享受されていた。それ故、主人公の清吉は、周囲によって「愚」な夢想を妨げられることなく、理想の実現に向かうことができた。それに対して、「続悪魔」では、近代を舞台に自意識の強い「愚」な青年が主人公に設定されているので、毒婦物に惹かれること主人公は、周囲とは異質な異端者とされるようになる。初期の谷崎作品には、「刺青」と「続悪魔」に典型的に見られるこうした二系統の世界が書き分けられているが、後者が徐々に優勢になっていく。「芸術は表現である」という説を主張し、それとの関連で、小説における建設的な組み立ての意義に言及し始めた大正期の谷崎は、展開構成の合理性や明示的な意味付けは希薄であるが、その反面、未知なる美と快楽に対しての、当人にも十分に意識し得ない好奇心や興奮に貫かれていた「刺青」の世界から遠ざかっていたということを指摘した。
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