Research Abstract |
本年度は,農山漁村に受け継がれてきた民俗的な空間分類体系の実態解明を目的として,特に最小構成単位である筆名(田畑一枚ごとの民俗呼称)に着目し,事例研究を行った.長崎県平戸市宝亀町・木場町・根獅子町を事例集落として,方位観や小地名などの他の空間分類との関連性,名称の時間的変化における世帯差,世帯内での夫婦間における個人差などの問題を,調査・検討した.その結果,筆名をはじめとする空間分類においては,世代交代や経営転換による土地利用変化によって一部あるいは大部分が変化する世帯がみられること,他方で,土地利用放棄が進んでも残された耕地の筆名は現状と乖離した名称のまま残る世帯が多いこと,同一世帯内の夫婦の間でも一部の耕地については異なる呼び方をする場合があること,農業にほとんど従事しない婚入女性のために筆名の体系が具体的なものから抽象的なものに変化した世帯があること,などが明らかとなった.この研究成果については,現在,学会誌への投稿作業を早急に進めている. これに並行して,研究全体の理論的裏付けの一環として,英語圏の人文主義地理学について,バッティマー,シーモン,ポコック,コスグローブ,ゲルケらの所論を学史的に再検討した.各論者の所論については,基本的視点,実際の方法,現象学の扱い方,人間に対する見方,人文学と科学に対する見方という。5つの見地から要点をまとめた.その結果,各論者の認識的基盤は,従来指摘されてきた以上に差異の幅が大きく,「人文主義」として一括することによる弊害が大きいこと,人文主義地理学には独自の空間論がほとんどないこと,「共同主観性」などの鍵概念にも混乱がみられること,などを指摘した.この課題については,他に検討すべき論者が多数残されていること,課題自体が地理学全般に関連する大きなものであることなどから,すでに研究会などでの中間報告は終えているものの,次年度以降の科研課題などに引き継ぐ予定である.
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