Research Abstract |
言語はコミュニケーションのための道具としてだけでなく,行為を制御するための道具としても重要な役割を果たすとされる.しかし,言語と行為の制御を媒介する認知メカニズムについては,明らかにされていない問題が数多く残されている.そこで,2つの認知課題を用いて,言語的表象により課題セットを活性化することが,行為の制御に役立つ状況について詳細な検討を行った.ひとつは,現在の課題目標とは無関連な妨害課題からの干渉を抑制することが求められる課題である.具体的には,価の大きさと物理的なサイズ(大小)が一致または不一致な数字対を呈示し,価判断と大きさ判断の遂行を求めた.課題の途中で目標課題を変えることにより,関連課題の維持負荷を操作した状況で,言語的表象の利用を妨げる実験手法である構音抑制の影響を検証した.その結果,目標課題が途中から変更されたときにのみ,構音抑制の影響が認められた.このため,関連課題の維持負荷が高いときには,言語的表象による課題セットの活性化が,妨害干渉の抑制が必要な場面での行為の制御に寄与している可能性が示された.2つめは,手掛りに従って課題の素早い切り替えが求められる課題である.この課題では1桁の数字を呈示し,数字の大小判断,奇数偶数判断という2つの課題を,課題の繰り返しあるいは切り替えのみを指定する手掛りに従って遂行することを求めた.この課題の遂行における構音抑制の影響を検討した結果,課題を切り替えるときだけでなく,課題を繰り返すときにおいても構音抑制の影響が認められた.このことから,前の文脈情報を保持しながら,手掛りに従って課題の遂行が求められる場合,課題の切り替えの有無に関わらず,言語的表象による課題セットの活性化が現在の課題を選択することに役立つことが示唆された.以上の2つの課題を用いた研究は,言語的表象を用いて課題セットを活性化することが,干渉の抑制という長期的な制御過程にも,課題セットの選択という短期的な制御過程にも関与している可能性を示していると考えられる.
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