2008 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
19830074
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
今城 徹 Waseda University, 法学学術院, 助手 (20453988)
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Keywords | 戦前期の大規模貯蓄銀行 / 有価証券投資 / 不動貯金銀行 / 大阪貯蓄銀行 / 安田貯蓄銀行 |
Research Abstract |
平成20年度は戦前期の大規模貯蓄銀行の有価証券投資に関する研究を実施した。本研究の目的は、貯蓄銀行研究と近年進展著しい戦前期金融機関の有価証券投資に関する研究に新たな知見を加えることであった。 系列上位銀行を持たず牧野元次郎のオーナー経営であった不動貯金銀行は1931年まで有価証券投資よりも貸付を資金運用の中心としており、有価証券投資は貸付との見合いで行われていた。有価証券の内容は戦間期を通じて主に国債であり、1933・34年の売却益目当ての低利国庫債券への乗り換えを除けば、新発債で買い入れて償還まで保有された。一方、地方債、金融債、事業債は新発債で買い入れて貸付資金需要との関係で売却された。 人的・資本的に山口家の支配下にあった大阪貯蓄銀行は1927年から31年に民間企業債の比率を高めながら積極的な有価証券投資を行った。この間の大阪貯蓄銀行の民間企業債保有銘柄と系列金融機関引受銘柄の相関は三和銀行が系列金融機関になった1934年以降と比べて低く、同行は貯蓄銀行法下で系列金融機関の拘束から相対的に自由な銘柄選択を行っていた。また1933年以降借り換えリスクを低く評価した上で5分利国庫債券を購入していたことや、1929年から31年に金解禁と金輸出再禁止による為替変動を利用して外貨債を積極的に購入・売却したことも明らかになった。 1920年設立の安田貯蓄銀行の有価証券投資は1934年まで国債よりも社債特に東京電燈をはじめとした民間企業債が中心であり、事業債保有銘柄と系列金融機関引受銘柄の相関は大阪貯蓄銀行よりも高かった。同行は発足時から安田保善社がほぼ全株式を所有した貯蓄銀行であり、有価証券保有における安田系金融機関内での位置付けが決まっていたと推測される。外貨債については、大阪貯蓄銀行と異なり、金輸出再禁止後も高利回りと為替差益を見込んで購入・保有していた。
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