2019 Fiscal Year Annual Research Report
探針増強電場を用いた単一分子の非線形および時間分解分光方法論の開拓
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19H00889
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Research Institution | University of Hyogo |
Principal Investigator |
竹内 佐年 兵庫県立大学, 物質理学研究科, 教授 (50280582)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 単一分子 / 走査型トンネル顕微鏡 / フェムト秒パルス / 非線形分光 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度には走査型トンネル顕微鏡のトンネル接合部位への極短パルス光の導入に関わる装置開発を行った。単一分子を対象とする本研究では、分子の劣化・褪色を抑えるため低パルスエネルギー・高繰り返し周波数の光源を用いることが有利である。このための高繰り返し光源を購入したが、その導入が年度の後半になったため、計画に従い、現有するチタンサファイア再生増幅光源(波長800nm、繰り返し周波数1 kHz)を用いた予備実験を進めた。まず、偏波面保存シングルモードファイバーを用いた100 fs光の伝送を試みた結果、わずか数nJオーダーのパルスエネルギーにおいても有意なスペクトル変調が確認され、ファイバー内での尖頭強度の抑制が必要であることがわかった。そこで、回折格子や凹面鏡などから構成される4f光学系を設計・構築し、大きな群遅延分散を与えることにより入射光のパルス幅を約500倍に引き延ばした。これによりファイバー内でのスペクトル変調の閾値は数十nJ程度まで改善したが、これはまだ十分ではないと判断した。そこで、特殊なコア・クラッド構造をもつ中空ファイバーを採用したところ、伝送中の位相変調を大幅に抑えられることが確認できた。この中空ファイバーと群遅延分散路の併用方式の採用により、ファイバーの損傷や内部でのスペクトル変調を起こさせることなく約1200 nJに達する高強度光を伝送することに成功した。また、逆符号の群遅延分散をもつ4f光学系を精密調整することにより、ファイバー出力光のパルス幅を元の100 fsまで圧縮することにも成功した。さらにこのファイバー出力光をYAG結晶に集光することでフェムト秒白色光の発生を達成した。これにより、走査型トンネル顕微鏡のチャンバー部位まで極短パルス光をファイバー伝送し、そこで非線形光学現象を引き起こすための装置基盤を構築することができたといえる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
特殊なコア・クラッド構造をもつ中空ファイバーの採用と回折格子や凹面鏡を用いて大きな群遅延分散を与えることのできる4f光学系を併用することにより、ファイバーの光損傷やパルス光のスペクトル変調を起こさせることなく、極短パルス光のファイバー伝送を可能にすることができた。これにより、ファイバー伝送中での非線形位相変調を起こさせず、かつ、伝送後のフェムト秒パルス光により自己位相変調などの非線形光学現象は引き起こすことが可能になった。この矛盾したようにみえる結果は、中空コア内部、すなわち空気中の経路に沿った光の閉じ込めと群遅延分散の精密な調整によるパルス光の尖頭強度の制御によって達成できたものである。実際、ファイバー伝送されたパルス光による自己位相変調効果によってフェムト秒白色光の発生を確認することができた。この広帯域光は優れた時空間コヒーレンスを有し、数フェムト秒領域までパルス圧縮できる特性をもつ。すなわち、今年度に設計・開発した装置基盤により、レーザー光源とは独立したシステム上に設置された走査型トンネル顕微鏡の位置まで、除震の状態に関係なく極短パルス光を安定に伝送することができ、このことは、レーザー光源に起因する振動を抑制した環境で探針部位に極短パルス光を導入する基礎技術が開発できたことを意味する。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでに開発した中空ファイバーを用いたフェムト秒パルス光の伝送システムを活用し、極短パルス光を探針部位に導入する光学系および探針部位から発せられる微弱な光学信号の検出系を構築する。具体的にはまず、フェムト秒白色光の可視成分をフィルターで取り出し、負分散鏡により10 fsレベルへのパルス圧縮をめざす。チャンバー内部に設置した集光レンズの位置をピエゾステージで3次元的に微調整することで、この極短パルス光の探針先端への集光を確認する。これと並行して、トンネル電流誘起の局在表面プラズモンによる探針部位からの発光を手掛かりに信号光の検出光学系を構築する。すなわち、清浄化したAg(111)単結晶基板にAg探針をナノスケールまで近づけ、両者の間にトンネル電流を流すことで基板―探針間のナノギャップ領域に局在表面プラズモンを励起し、プラズモン誘起の発光を引き起こす。この発光をレンズにより平行光としてチャンバー外部に取り出し、分光器と液体窒素冷却型CCDカメラを用いてスペクトル分析する。検出効率を最大にするための光学系の調整・最適化を行い、検出光学系を完成させる。さらに、これらの光学系を利用して探針直下の分子からの発光の検出を試みる。特に、Agのプラズモン発光が予想される500~800 nmの波長領域において多環芳香族分子の発光を観測し、次年度以降の研究につなげていく。
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