2021 Fiscal Year Annual Research Report
探針増強電場を用いた単一分子の非線形および時間分解分光方法論の開拓
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19H00889
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Research Institution | University of Hyogo |
Principal Investigator |
竹内 佐年 兵庫県立大学, 理学研究科, 教授 (50280582)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 走査型トンネル顕微鏡 / 単一分子 / 局在表面プラズモン / 発光 |
Outline of Annual Research Achievements |
走査型トンネル顕微鏡の探針部位からの微弱な光信号を高感度に検出するためにこれまで構築してきた光学系を駆使して、探針の直下に置かれた有機分子からの発光を単一分子レベルで観測することに取り組んだ。 具体的にはまず、単一の試料分子の研究に適した試料基板の作成から取り組んだ。Ag(111)単結晶基板の表面を清浄化し、原子レベルで平坦であることを撮像により確認した。発光分光においては、金属に直接的に吸着した分子の励起エネルギーは基板側にすみやかに逃げるため、発光が消光されやすい。これを避けるため、銀基板の上に薄いNaCl膜を緩衝層として吸着させた。厚さ0.4 nmのNaClアイランド部位の生成を確認し、また、銀基板との格子定数の違いによるモアレパターンも観測できたことから、原子レベルで平坦な緩衝層であることを確認した。次に、この緩衝層の上に試料分子であるペンタセン誘導体(TIPS-pentacene)の蒸着を試みた。この結果、試料分子は銀基板には直接的に吸着するものの、緩衝層との吸着力が弱いため緩衝層上に吸着した試料分子は見いだせなかった。そこで、銀基板上に複数層の試料分子を吸着し、第一層目の試料分子を緩衝層として利用することとした。探針を分子の真上に移動させバイアス電圧を印加したところ、トンネル電流に誘起された発光の観測に成功した。1.75 Vのバイアス電圧では950 nm付近にひとつの発光ピーク、バイアス電圧を3 Vまで増加すると750 nm付近に新たな発光ピークが現れた。この750 nm発光は溶液中と同じ波長領域に現われ、そのバイアス電圧依存性は銀の発光とは異なる挙動を示すことから、ペンタセン誘導体の電流誘起発光であると結論した。これらの発光は、トンネル過程により探針から分子に電子が注入、基板から分子に正孔が注入され、それらが再結合することにより生じると考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
トンネル電流誘起発光は探針直下の特定の分子の電子状態に関する情報を得ることができる強力な手法である。その一方で、金属基板に直接的に吸着した分子の励起エネルギーが金属側に移動し、発光が消光しやすいことが知られている。そこで本研究では銀基板上に薄いNaCl層を形成し、それを緩衝層として用いる方法で研究を進めた。蒸着の温度や時間を変えながら実験を繰り返した結果、数十nm程度の大きさ、0.4 nmの厚みのNaCl層を形成することができた。この点は様々な発光型分光を今後に行ううえで大きな進歩となった。その次の段階として、この緩衝層の上に試料分子(TIPS-pentacene)の蒸着を試みた。しかし、緩衝層がなく銀基板がむき出しの部分には試料分子が規則的に吸着するのに対し、緩衝層の上に吸着した試料分子はいっさい観測することができなかった。これはNaCl層とTIPS-pentacene分子との吸着力が弱いことを示しており、実験的に解決するためには蒸着時の基板を低温に保つなどの技術的な改良が必要と考えている。この結果をふまえ本研究では、銀基板上に試料分子を2~3層程度だけ蒸着し、その第一層目を一種の緩衝層として機能させるという方針に転換し、研究を進めた。実際、トンネル電流を流して発光を観測したところ、第一層目のみの部位からは銀そのものの発光と区別のつかないスペクトルが観測されたのに対し、第二層目の分子からの発光は銀の発光とは明らかに異なるスペクトル形状が観測されたため、この手法が有効であることがわかった。試料分子の発光スペクトルには溶液中のデータに近いピークが観測されたのに加え、950 nm付近に別の発光ピークが明確に観測された。これは複数層膜の中という環境にある試料分子が示す新たな低エネルギー発光と考えられ、何らかの部位に捕縛されたキャリアが関与しているのではないかと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの単一分子レベルの発光検出の知見を活かし、探針直下のナノギャップにおける電場増強を利用したラマン散乱の観測に取り組む。これを通して、チャンバー外部から探針部位に励起光を正確に導入する技術を確立するとともに、探針直下の特定の分子の振動構造に関する情報の取得をめざす。 具体的にはまず、清浄化したAg(111)単結晶基板に、試料として選んだ多環芳香族分子(特にペンタセンやペリレン誘導体)をサブモノレイヤー程度の被覆率で蒸着し、試料基板とする。分子の吸着構造は高解像度の撮像データにもとづいて検討する。ラマン散乱の測定では励起光源としてHeNeレーザー(波長632.8 nm)を用いる予定であり、この出力光を急峻な波長特性をもつビームスプリッタで反射させた後にチャンバー内に導入する。この励起光はチャンバー内に設置されたレンズ(f = 18 mm)で探針部位に集光され、そこから後方に発したラマン散乱信号は同じレンズで平行光としたうえでチャンバー外に取り出され、それが上記のビームスプリッタを透過する形の光学系を今後に構築する予定である。ノッチフィルターでレイリー散乱成分をカットしたうえでラマン散乱信号を分光器と液体窒素冷却型CCDカメラで検出し、ラマンスペクトルを取得する。この実験では励起光を探針先端と基板との間のナノギャップ領域に正確に集光することが最も重要と考えられることから、このアライメントの指針を確立することを1つの目標とする。試料基板上で異なる吸着構造を示す部位を選び、それぞれの領域の中の特定の分子の真上に探針を置いた状態でラマン信号を観測する。観測されたラマンスペクトルを溶液中のデータと比較したり、吸着構造による違いを検討したりすることで、試料分子が置かれた環境や吸着構造の違いと分子構造の変化との連関を詳細に考察する。
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