2021 Fiscal Year Annual Research Report
マルチハイブリッド計算の発展によるプラズマ照射と長時間構造緩和の競争機構の解明
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19H01882
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Research Institution | National Institute for Fusion Science |
Principal Investigator |
伊藤 篤史 核融合科学研究所, ヘリカル研究部, 准教授 (10581051)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 動的モンテカルロ / 分子動力学 / ハイブリッドシミュレーション / プラズマ壁相互作用 / プラズマ物質相互作用 |
Outline of Annual Research Achievements |
プラズマと壁の相互作用を正しく理解するためには、プラズマ粒子の入射頻度と固体物質内部の現象との間で生じる競争現象を真面目に議論する必要がある。このような複数の現象の競争は時間スケールの違いによって生じるため、現実と同様の時間スケールで物事を記述する必要がある。またそれはプラズマと固体の極端な密度差に由来している。 この問題に真正面から取り組むため、我々は空間スケールをミクロに留めたまま、時間スケールに関してだけを粗視化してマクロへ繋ぐ計算手法を考案して、原子レベルの計算で秒に届く現象の再現を行うことを目指している。本研究においては、材料表面及び内部における原子の拡散移動や構造変化を長時間にわたって解くオンザフライ動的モンテカルロ(KMC)コードFlyAMの開発を行っている。 昨年度には千日手の除外法を開発し、物理的にトリビアルな振動イベントの発生を抑えることで、到達できる時間スケールを大きく向上させた。しかしながら、本年度の研究において、核融合条件下で生成されるタングステンダイバータ表面のナノ構造が高温で消失する様子を上手く再現できないという新たな課題が見つかった。その原因として、高温時の原子のゆらぎにより原子の感じる移動障壁エネルギーが実効的に低下する効果に着目した。そこで、オンザフライKMCのうち、局所分子動力学(MD)による移動障壁エネルギーの算出の部分において、ジャルジンスキー等式を利用することで自由エネルギーの障壁を求める計算手法を開発した。移動障壁エネルギーから自由エネルギーの障壁に替わることで、有限温度でのゆらぎの効果が考慮されたことになる。実際に有限温度効果(ゆらぎの効果)を入れたオンザフライKMC計算を行ったところ、ナノ構造が高温で消失する様子を上手く再現することができた。本成果については年度末の国際会議ISPLASMA2022にて発表を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
リアル原子系のKMCシミュレーションの最大の課題は、対象となる固体物質の原子配置が複雑になるほど、原子の移動に関するモデル化が難しくなる点である。よって一般的には格子状に配列したシンプルな系に限定してKMCが適用されることが多い。ヘリウムバブルによるナノスケールの空洞や、ファズ構造のようなナノスケールでの起伏の激しい構造に対しては、格子から大きく歪んだり、表面の曲率の影響が大きくなったりして、KMCの適用が難しくなる。人の手でモデル化を行っていくには原子配置のバラエティーがあり過ぎるのである。そこで、移動する原子の周辺領域だけを切り出した局所MDによって、原子移動のモデル化をリアルタイムで行うオンザフライKMCによって、この問題の解決を目指している。 ここで、研究開始当初はMDの実行速度が最も大きなボトルネックであり、昨年度の千日手の除外法により概ね解決できた。しかし、本年度はそれだけでは実現象を再現できない問題に直面した。そこで、その原因を原子のゆらぎに起因する有限温度効果と見極め、それを扱う計算手法を新たに開発した。これは結果的には嬉しい誤算であり、諦めず努力した甲斐があった。本開発には多くの試行錯誤が必要であり、これまでに導入した計算機とファイルサーバーが大いに役立った。 このように、当初の想定通りの研究計画からずれが生じたものの、遭遇した問題は粗視化の概念に関わる物理の本質的な課題であり、その解決策を見出せたことは予想外の進歩であったと言える。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度の研究で開発した有限温度効果を障壁エネルギーに取り込む手法により、実際にオンザフライKMCシミュレーションの中でナノ構造の消失を上手く再現することが出来た。来年度は最終年度にあたるので、ナノ構造の消失に加え、ファズ構造にまつわるヘリウムバブルの移動や相互破断、バブル破裂後の表面構造変化などいくつかの具体的事例に適用することで、手法の正当性を確認したい。ヘリウムバブルの問題は中性子損傷に関する炉材料の研究にもつながると期待できる。 また、ファズ構造での長時間計算を実行し、秒に届く再現時間を達成させられるBCA-MD-KMC三連ハイブリッドコードへの結合も視野に入れて、コードの拡張方法を検討する。その上で、発展課題としてプラズマ照射下と未照射時の表面拡散効果の違いを調べることを目指す。 一方で、原子系のシミュレーションは想定外の問題の連続であるが、昨年度や本年度の様に問題の遭遇をチャンスと捉え、新しい計算方法を開発する。本分野の計算手法の開拓に努めることは基礎研究の重要な役割と捉えて柔軟に対応する。
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