2020 Fiscal Year Annual Research Report
D-アミノ酸シグナリングの分子機構:その解明と展開
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19H02882
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
吉村 徹 名古屋大学, 生命農学研究科, 教授 (70182821)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
加藤 志郎 香川大学, 農学部, 准教授 (50547023)
中川 智行 岐阜大学, 応用生物科学部, 教授 (70318179)
北浦 靖之 名古屋大学, 生命農学研究科, 講師 (90442954)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | D-アミノ酸 / D-セリン / セリンラセマーゼ / D-アミノ酸生合成酵素 / D-アミノ酸N-アセチルトランスフェラーゼ / ALS |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、(1)D-アミノ酸トランスアミナーゼ(D-AAT)が触媒するセリンのラセミ化反応の機構、(2)ファンクショナルクローニングによる新規D-アミノ酸生合成酵素遺伝子スクリーニング系の開発、(3)D-アミノ酸N-アセチルトランスフェラーゼ(HPA3)を利用したD-アミノ酸定量法の構築、(4)カイコセリンラセマーゼ遺伝子の同定とカイコの変態におけるD-セリンの役割の解明、(5)D-セリンデヒドラターゼを用いた体内D-セリン濃度の低減法の開発と筋委縮性側索硬化症(ALS)モデルマウスへの適用、の5課題について検討した。 (1)ではトランスアミナーゼであるD-AATがセリンのみそのラセミ化も触媒する、という現象の機構を解明するとともに、ラセミ化活性の抑制に成功した。(2)の研究は新奇D-アミノ酸生合成酵素遺伝子を、大腸菌の生育によって検出するファンクショナルスクリーニングの系を構築するものである。(1)の研究成果を用いることなどで、実用可能な系の構築に成功した。(3)はHPA3による酵素的D-アミノ酸定量法の構築を目指したものである。D-アミノ酸の定量は可能であったが、不安定なHPA3の調製法の改良についての課題が残った。(4)は研究代表者が見出したものの遺伝子は未知であったカイコのセリンラセマーゼの遺伝子を同定した研究である。遺伝子の同定に成功したがそのノックアウトは成功せず課題が残った。(5)はポリエチレングリコール(PEG)修飾によって免疫原性を低下させたD-セリンデヒドラターゼによって、ALSモデルマウスの脊髄中のD-セリン濃度の低減を試みた研究である。ALSの進行に伴って脊髄のD-セリン濃度が増加するとの知見をもとに行った。しかしPEG-修飾酵素を腹腔内投与したマウスのALSの病態に変化は見られず、脊髄中のD-セリン濃度の低減も得られなかった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
前項の(1)と(2)については大きな進捗があり、(3)(4)(5)についてもある程度の成果が得られた。(1)D-AATが触媒するセリンのラセミ化反応は、夾雑するリン酸イオンが一般酸塩基触媒基として機能し、L-Serの2位-水素の授受を触媒することで起こること、セリンが基質の場合にのみキノノイド中間体の存在時間が長くなることがセリンのみラセミ化反応を受ける要因であることを解明した。また予想されるリン酸イオン結合部位であるヒスチジン86とリジン156をそれぞれアラニン残基に転換するとセリンのラセミ化活性が大幅に減少することを見出した。(2)D-AAT遺伝子を導入したE. coliのアミノ酸ラセマーゼ遺伝子破壊株を用いて、D-アミノ酸生合成酵素遺伝子が発現すれば菌が生育するというファンクショナルクローニング系の開発を行ってきたが、D-AATのセリンラセミ化活性がスクリーングの障害となるとともに、D-AATをプラスミドで発現させることが、遺伝子ライブラリーのプラスミド導入を困難にさせていた。そこでこれまでの系を改良し、セリンのラセミ化活性を持たないH86A/K156A変異型D-AAT遺伝子をゲノム上に組み込み、大腸菌DAR102株を構築した。系の有効性を示すモデルとしてB. subtilis 168株のゲノムDNAを断片化したゲノムライブラリーを作製し、大腸菌DAR102細胞に導入し、D-アミノ酸を含まない培地で培養した。生育した菌株を解析したところ、アラニンラセマーゼ遺伝子 alrB、2種類のグルタミン酸ラセマーゼ遺伝子 racE と yrpC、および新規のアミノ酸パーミアーゼ遺伝子 ytnA を得ることができた。この結果は、大腸菌 DAR102 が、新規 D-アミノ酸生合成酵素探索のツールとなり得ることを示している。
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Strategy for Future Research Activity |
第1項に示した(1)と(2)については本年度一応の結果を得たため、(3)、(4)、(5)についての今後の研究方策を述べる。(3)は、各種D-アミノ酸にアセチルCoAからアセチル基を転移する酵素HPA3によって、系に存在する全D-アミノ酸の酵素定量を目指すものである。定量は可能であったが、この方法を実用化するためにはHPA3の安定化を図る必要がある。現在HPA3はHis-Tagを付加し、ニッケルキレートカラムを用いて精製しているが、精製後にイミダゾール濃度を下げると酵素の沈殿が見られる。そのため付加したHis-Tagによって酵素がaggregationを起こした可能性を考えている。この問題を改善するために、何らかのTagによってレジンに結合させた酵素から、Tagを切断して酵素を溶出・精製する方法を試みる。(4)として述べた研究では開示されたカイコのゲノム情報をもとに、セリンラセマーゼの遺伝子を同定した。カイコの変態時にD-セリン濃度が一過的に上昇することから遺伝子のノックアウトを行い、D-セリン濃度の上昇を抑えた場合にカイコの変態に影響が出るかどうかを検証しようとしたが、遺伝子ノックアウトに成功しなかった。今後は農研機構のカイコの専門家とともに、セリンラセマーゼ遺伝子のノックダウンを行い、D-セリンの生理的役割について検証する。(5)については、ALSモデルマウスにPEG-修飾酵素を腹腔内投与しても、ALSの病態進行に変化が見られなかった。しかし未投与のマウスと比べて脊髄中のD-セリン濃度の低減が見られなかったことから、投与量が十分ではない可能性が考えられた。そこで今後はALSモデルマウスのバックグラウンドであるC57BL/6Jを用いて、脊髄中のD-セリン濃度を減少させるために必要なPEG-修飾酵素量と投与頻度をまず検討する。
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Research Products
(7 results)