2020 Fiscal Year Annual Research Report
社会性昆虫の階級分化と季節適応:母性効果の世代を超えた表現型多型の発生制御機構
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19H02965
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Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
松山 茂 筑波大学, 生命環境系, 講師 (30239131)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
沓掛 磨也子 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 生命工学領域, 研究グループ付 (90415703)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 社会性アブラムシ / 階級分化 / 母性効果 / 季節多型 |
Outline of Annual Research Achievements |
松山は柴尾(松山研・研究員)と共同して、ハクウンボクハナフシアブラムシの階級・モルフ分化に関与する環境要因として、ゴールの生理状態の変化に着目し、野外で6~9月に本種のゴールおよび宿主植物の葉の葉緑素量と光合成能を定量評価した。さらに、ゴールに生理状態の変化の兆しが表れる時期や原因、有翅モルフ(ゴール枯死前に有翅虫となって脱出)の分化誘導との関連について分析した。その結果、ゴールは初夏には葉緑素量が多く、葉と同様に高い光合成能を有していたが、アブラムシ個体数が急増する盛夏になると葉緑素量が減少して光合成能が低下し、ゴールの生理状態が悪化することがわかった。また、初夏のゴールでも生理状態が悪化すると有翅虫が出現し、ゴール間で有翅虫の出現時期に違いが見られた。ゴールの枯死には、アブラムシの個体数増加によるゴール組織の生理状態の悪化が関係しており、それに伴うゴールの栄養状態の低下が季節の合図となって有翅モルフが分化誘導される可能性が考えられる。 沓掛は、季節によってコロニー内で割合が変動する兵隊や有翅虫の分化制御に関わる母性因子を探索するため、野外ゴールから採集した雌成虫のRNAseq解析を行なった。野外ゴールは6~9月に1ヶ月おきに採集し、雌成虫の頭部および卵巣由来のトータルRNAからcDNAライブラリーを作成してHiSeqで解析した。その結果、成虫頭部におけるインスリン様成長因子(IGF)様ペプチドの遺伝子発現が初夏から秋にかけて有意に減少していることがわかった。IGFは成長ホルモンや栄養状態の影響下で動物の組織の成長や発達を促進するホルモンであることが知られている。本種のIGF様ペプチドの機能は未知だが、夏から秋にかけてゴールの栄養状態の低下に応答して分泌量が増減する、兵隊や有翅虫の分化制御に関わる母体側の情報伝達物質である可能性が考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ハクウンボクハナフシアブラムシの階級・モルフ分化に関与する環境要因として、これまでに日長、温度、アブラムシ密度の3つの要因を明らかにしてきたが、これらに加えて、ゴールの栄養状態の変化も季節の合図となって兵隊や有翅虫が分化誘導されている可能性を示すことができた。さらに、初夏から秋にかけて野外からサンプリングした個体を用いてRNAseq解析をおこなったところ、成虫頭部で発現変動するIGF様ペプチドを発見することに成功した。このペプチドの分泌は、ゴールの栄養状態の変化となんらかの関連があり、季節の合図に応答して胚の階級・モルフ分化を制御する母性因子である可能性が高い。よって研究はおおむね順調に進展していると考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
アブラムシが経験する季節の合図には、日長や温度、アブラムシ密度、ゴールの栄養状態が考えられる。そこで、これらの4要因がどう影響するかを、人工飼料を用いた室内操作実験で調べる。ゴールの栄養成分は委託分析サービスを利用して窒素・炭素・ミネラルを分析、評価する。そして日長、温度、密度、栄養の特定条件の組合せが季節の合図となって兵隊や有翅モルフが高確率で分化誘導されるかを確かめる。また、親から子へ母性効果で伝わる環境情報として、すでに分かっている密度と日長のほかに、温度と栄養も重要であると予想される。今後は親世代と子世代を4通りの温度条件(親世代-子世代: 高温-高温、高温-低温、低温-高温、低温-低温)や4通りの栄養条件(親世代-子世代: 高栄養-高栄養、高栄養-低栄養、低栄養-高栄養、低栄養-低栄養)で育て、母親が知覚した温度や栄養の情報が子の表現型に反映されるかを確認する。そして4つの環境要因(日長・温度・密度・栄養)を複合的に組み合わせた場合に、そのような複雑な環境情報が母子間で伝達されるかを確認する。さらに、成虫頭部においてIGF様ペプチドの遺伝子発現変化を引き起こす具体的な環境要因を特定するため、人工飼料飼育系を用いた解析を試みる。日長、温度、密度、栄養条件を様々に操作して飼育した成虫の頭部RNAseqまたはqRT-PCRにより遺伝子発現量を解析し、これらの飼育条件下における次世代の兵隊および有翅モルフの出現率を調べる。そしてIGF様ペプチドの遺伝子発現量と、次世代における兵隊・有翅モルフの出現頻度との相関について解析する。
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