2020 Fiscal Year Annual Research Report
記憶の獲得、保持、想起、全ての過程に不断の出力が必要な神経細胞の行動遺伝学的解析
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19H03268
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
多羽田 哲也 東京大学, 定量生命科学研究所, 教授 (10183865)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
阿部 崇志 東京大学, 定量生命科学研究所, 助教 (70756824)
山崎 大介 東京大学, 定量生命科学研究所, 講師 (80588377)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 連合学習 / 匂い記憶 / ドーパミン作動性神経 / グルタミン酸作動性神経 / GABA作動性神経 / 脆弱X症候群 / ショウジョウバエ / キノコ体神経細胞 |
Outline of Annual Research Achievements |
ショウジョウバエの3次嗅覚神経群は合計2000個のケニヨン細胞(KCs)からなるキノコ体と呼ばれる特異な形をした神経叢をなし、匂い記憶形成の同時検出器として働くと考えられている。KCsは3種の細胞群からなり、そのうちgammaに分類される細胞群は、cAMP responsive element (CRE)を用いた転写応答性を指標とすることにより、CRE-pとCRE-nに二分されること、CRE-pは忌避記憶の獲得、保持、想起全ての過程で必要であり、CRE-nは報酬記憶の獲得、保持、想起全ての過程で必要であることを明らかにした。この時、ドーパミン神経は罰記憶と報酬記憶の非条件刺激を伝達すると考えられている。記憶の保持におけるCRE-pとCRE-nの機能を調べる過程で、罰非条件刺激を伝達するドーパミン神経群(簡便にPPLとする)を人為的に活性化すると記憶の保持が阻害されることを見出した報酬非条件刺激を伝達するドーパミン神経群(簡便にPAMとする)を人為的に活性化すると記憶の保持が阻害されることを見出した。ドーパミンはDopR2受容体経由で忘却を促進することが知られているが、この記憶阻害はKCsのDopR2受容体変異でも観察されたことから他の神経伝達物質の関与を探した。その結果、PPLのグルタミン酸トランスポーターvGluTのノックダウンあるいはCRE-pにおける代謝型グルタミン酸受容体mGluRのノックダウンはこの罰記憶を亢進することを見出した。同様にPAMのGABA合成酵素のノックダウンあるいはCRE-nにおけるGABA受容体のノックダウンも報酬記憶を亢進する。以上のことから、ドーパミンは罰及び報酬の非条件刺激として働くが、グルタミン酸とGABAがそれぞれ拮抗するco-transmitterである可能性を示唆している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
罰及び報酬の非条件刺激として働くドーパミン神経細胞において、グルタミン酸とGABAがそれぞれ拮抗するco-transmitterである可能性を示唆していることをさらに検証した。それぞれの遺伝子の関与はRNAiを用いたノックダウンにより調べているので、神経発生の影響をなるべく排除するために成虫でのみRNAiが作動するように遺伝子操作を行った上で以下の実験を行った。匂いと連合学習を行った後に、CRE-pのグルタミン酸受容体変異においてはPPL細胞群を、CRE-nのGABA受容体変異においてはPAM細胞群を、温度感受性変異を用いて、それぞれ亢進させても記憶阻害が起こらなかった。このことはグルタミン酸とGABAがドーパミンに拮抗するcotransmitterであることを支持するものである。罰記憶におけるグルタミン酸の働きをさらに詳しく調べるために便宜的にPPLとして包括的に扱っている神経群を個別に調べたところ3種の神経細胞それぞれのvGluTのノックダウンによって、罰記憶が亢進することを見出した。さらにこれらの系統では間隔を開けた繰り返し学習によりタンパク質合成依存的に形成される長期記憶がただ一回の学習により形成されることがわかった。CRE-pにおけるmGluRのノックダウンでも同様の表現型が観察された。通常の生理条件では繰り返し刺激こそがタンパク質合成依存の長期記憶形成に必要であると思われていたが、グルタミン作動性神経の拮抗がなければ1回の学習刺激で長期記憶が可能であることがわかった。個体にとって重要な選別された刺激だけを長期に保持するように進化した結果なのかもしれない。記憶を理解する一つの示唆を与える神経機能を明らかにした。
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Strategy for Future Research Activity |
自閉症スペクトラム症候群などの症状が現れる脆弱X症候群の原因遺伝子FMRPの欠失によってショウジョウバエでも記憶阻害が起こることが知られており、その原因の一つがキノコ体神経におけるmGluRの過剰発現によるGaiの活性上昇によるcAMPレベルの低下にあることが提唱されている(J. Neurosci, 32, (2012)13111-13124)。このことは本研究の結果と合致する。ドーパミン受容体の下流で働くGasによるadenylyl cyclaseの活性化によるcAMPの上昇こそが連合学習の重要な同時検出の結果であるとされているからである。ただこの報告ではmGluRはキノコ体a/b細胞で機能しており、私たちの結果はキノコ体g細胞であることが大きく異なっている。一方、本研究で議論しているドーパミン神経―キノコ体g細胞の回路機能を支持するcAMPレベル調節機構の研究報告もある。今後はこれらの神経回路機能の詳細を明らかにし、短期記憶で終わらず長期記憶として固定される生理的機構とその意味を探っていきたい。
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