2019 Fiscal Year Annual Research Report
高感度14C分析で解明する熱水域ベントスの栄養生態とその成立プロセス
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19H03305
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Research Institution | Kumamoto University |
Principal Investigator |
嶋永 元裕 熊本大学, くまもと水循環・減災研究教育センター, 准教授 (70345057)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
渡部 裕美 国立研究開発法人海洋研究開発機構, 海洋生物多様性研究分野, 技術主任 (50447380)
野牧 秀隆 国立研究開発法人海洋研究開発機構, 生物地球化学研究分野, 主任研究員 (90435834)
横山 祐典 東京大学, 大気海洋研究所, 教授 (10359648)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 熱水噴出孔 / 炭素同位体比 / ベントス / 群集 / 栄養生態 |
Outline of Annual Research Achievements |
伊豆海域の熱水噴出孔表面から、我が国初の熱水固有カイアシ類(Dirivultidae)として記載されたStygiopontius senokuchiaeの成体標本のみが大量に得られたチムニーから採取され、形態の特徴から本種の幼体であることが確実視されていた標本のうち、3-5齢幼体についてDNA分析を行った結果、本種成体と同一のハプロタイプを持ち本種の幼体であることを確定した。また幼体の形態を精査した結果、最終齢である5齢幼体では形態で雌雄が区別できること、メスの場合、5齢幼体と成体(6齢)では、体サイズが大きく異なるのに対して、雄では両者の体サイズの差は僅かであることが明らかになった。 複数のチムニー表面におけるS. senokuchiaeの齢構成の空間変異を調べたところ、成体の性比が若干オスに偏るのに対して、5齢幼体ではメスに偏る事が分かった。また、本種の成体の性比と化学合成由来有機物の指標となるチムニー表面のデトリタス(チムニー表面の微生物も含まれると考えられる)の有機炭素安定同位体比との関係を調べたが、水深やチムニーの高度など他の環境要因を含め、性比との間には有意な関連性は見出されなかった。さらに興味深いことに、本種の成体メスと成体オスの体の炭素安定同位体比を測定したところ、両者の間に有意差はなく、共に化学合成細菌を主食としていることが示された。 熱水域固有の大型底生生物に関して、シンカイヒバリガイ筋肉組織の放射性炭素同位体比を分析したところ、S. senokuchiaeやイトエラゴカイなどの熱水固有動物に比べても著しく低い値が検出された。これは、化学合成を行う共生細菌の無機炭素源がDICではなくメタンであることと、熱水と周囲の底層水のDIC濃度、メタン濃度の違いを反映していると考えられ、現在他の種の分析に向けて準備中である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
一般の海底と異なり、底生カイアシ類は熱水噴出直近部で多様性が低いが、これは、彼らが小型で移動能力が低く、熱水噴出直近部の高温・高硫化物濃度に耐えられないためであると考えられている。一方で、S. senokuchiaeをはじめとするDirivultidae科カイアシ類は体が大きく、この体サイズが熱水耐性に関係があると考えられている。しかし本年度の我々の研究結果は、本種の成体オスはメスより小型にも関わらず、メスと同様に化学合成の最も活発な熱水直近部にアクセスし化学合成細菌を摂食する栄養生態を持つことを示した。おそらく本種のオスは何らかの方法により体の小ささによる不利益を補っているのだろう。さらに5齢幼体と成体の性比の違いは「より大型の成体へ成長する必要があるメスと異なり、オスは最終幼体期である5齢の時期が短い(おそらく早く繁殖に関わるため)」という、ほとんど分かっていなかった熱水域固有カイアシ類の生活史の興味深い特徴の一つを示唆した。 シンカイヒバリガイと他の化学合成有機物依存性の高い熱水固有動物との放射性炭素同位体比の違いは、本種が多細胞生物では珍しくメタン酸化細菌を体内に共生させていること、メタン、DICともに14Cに枯渇しているものの、メタンは熱水にのみ含まれることを考えるとうまく説明ができ、本分析法が、光合成由来炭素源だけでなく、炭素源としてDICを用いる化学合成微生物とメタンを用いる化学合成微生物の違いをも”ひも解ける”ことを示した。 これらの研究成果の一部は、2019年度の日本甲殻類学会大会において発表された他、本年度末に投稿し、2020年度度初めにJournal of Oceanographyに受理された。
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Strategy for Future Research Activity |
メイオベントス(1㎜未満の微小底生動物)に関しては、S. senokuchiaeの幼体のDNA分析で培ったノウハウを元にDNA増幅の精度を上げ、より小型のソコミジンコ類、貝形虫など優占分類群の未記載種の同定に応用する。 放射性炭素同位体比分析、炭素安定同位体比に関しては、S. senokuchiae幼体の体組織の分析に取り組み、本種個体群の齢構成の空間変異や幼体の性比の違いの情報と併せることにより、ほとんど明らかになっていない熱水固有カイアシ類Dirivultidaeの生活史の解明に本格的に取り込む。また、イトエラゴカイなどの大型底生生物に関しても、様々な大きさの幼体の体組織の同位体比を分析することにより、成長に伴う炭素源の変化(化学合成系への依存度の増加の可能性)を明らかにする。
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Research Products
(2 results)