2019 Fiscal Year Annual Research Report
戦間期日本における「科学小説」の成立と展開に関する総合的研究
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19J00011
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
加藤 夢三 日本大学, 文理学部, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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Keywords | 横光利一 / 中河与一 / 新感覚派 / 量子力学 / 現代文化 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、学術論文4本、単著1冊を発表することができた。以下、題目と梗概を記述する。「「存在すること」の条件―東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』の量子論的問題系」(『文藝と批評』2019.5)では、東浩紀の長編小説『クォンタム・ファミリーズ』における量子力学の位置づけについて検討した。「「怪奇小説」の記述作法―夢野久作『木魂』論」(『国語と国文学』2019.6)では、夢野久作の短編小説『木魂』の考察を通じて、同時代の夢野が主張していた「本格探偵小説」の圏域からおのずと「怪奇」性が出現するまでの回路を探ることを試みた。「偶然性・並行世界・この私―量子力学と文学をめぐる諸問題」(『現代思想』2020.2)では、黎明期の量子力学が言論の場に紹介されていった昭和初頭と、量子コンピュータの本格的な実装化が目指されて以降(=1990年代以降)の文芸思潮において、各々の学知がどのようなかたちで文壇に受容されていったのか、その系譜を素描していくことで、現代物理学の理論的な要諦がいかなる文化史的意義を担うものであったのかを概観した。「超越への回路―横光利一と中河與一の「心理」観」(『日本文学』2020.2)では、横光利一と中河與一の「心理」観を比較しつつ、そこにどのような差異が見いだされるのかを論じた。以上の研究成果と重なるところもあるが、本年度はこのほか、前年度に受理された博士論文をもとにした単著『合理的なものの詩学―近現代日本文学と理論物理学の邂逅』を上梓した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
これまでの研究状況において、横光利一・中河與一・稲垣足穂といった新感覚派作家たちの自然科学受容についての考察は一定の成果を上げることができた一方で、同時代の言論環境全域を視野に入れた総体的な研究については、いまだ手つかずとなっていた。したがって、上に示したような文学者たちの動向が、同時代の他の書き手たちに対してどのような影響力をおよぼしていたのかを検討する作業が必要となることを実感していた。とりわけ、理論物理学に限って言えば、1920~30年代という時代は、従来の素朴実在論に支えられた「近代物理学」と並存するかたちで、その対抗軸となるような「現代物理学」の萌芽も西欧から同時に輸入されていた混迷の時代であった。そこには、いわゆるマルクス主義をはじめとした単一の思想潮流に収斂されることのない多層的な厚みが見いだされるはずであり、それは同じく近代日本における科学文化論の形成においても、看過することのできないひとつの影を落としていたと言える。しかしながら、その衝撃の度合いについては、いまだ地に足の着いた研究がなされていないのが現状であった。今年度の研究は、こうした状況に対して一定の整理を施すことができたものと自負している。一方で、同時代の「科学小説」全体のアーカイブ化を目指していた当初の研究計画とはやや異なる方向に向かっていることもあり、適宜進捗状況を振り返りつつ、軌道修正を図っていきたいと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は、1920年代の「科学小説」をめぐる言論空間の総合的な検討ならびに具体的な言説分析を重点的に行う。まずは、平林初之輔・小酒井不木・正木不如丘・甲賀三郎といった、黎明期の「科学小説」に携わる評論家たちの論説・随想の類を参照しつつ、同時代において「科学小説」というジャンルがどのように把握されていたのか、その総合的な解明を目指す。また、具体的な小説作品を創りつづけた日本初の「科学小説」作家として名高い海野十三の作品分析も、この年度で重点的に行いたい。海野十三は、その生涯にわたって、最先端の科学技術に興味・関心を示しつづけた作家であったが、先行研究において、それは主に戦時下における軍事兵器とのかかわりにおいて把握されている。だが、海野はまた同時に、ジャンルとしての「探偵小説」と「科学小説」の違いに、きわめて鋭敏な作家でもあった。それは、1930年代を通じて海野が「科学小説」の創作原理を模索してことからも明らかである。そのような海野の試みをたどることで、同時代において模索されていたありうべき「科学小説」の共時的な輪郭像を解明することを目指す。さらに、1920~30年代に刊行された科学文化関係の刊行物全般を満遍なく追っていく作業も継続して行っていきたい。散逸の激しい娯楽系統の雑誌も含めて、1920~30年代に流通していた科学言説を総合的に俯瞰できるようなアーカイブ環境を構築することができれば理想である。
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