2020 Fiscal Year Annual Research Report
13-15世紀のイスラム圏における自然科学:神学書・哲学書から観た宇宙論の研究
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19J01619
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
中西 悠喜 慶應義塾大学, 言語文化研究所, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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Keywords | 中世末期 / 初期近代 / 神学 / 哲学 / 科学史 / コスモロジー / 占星術 / 魔術 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の主要な研究実績は、次の3点にまとめられる。(1)13-15世紀のカラーム(哲学的神学)におけるコスモロジーとオカルト諸学の関係についての調査:関連テクストの分析により、タフターザーニー(1389/90年没)の主著『神学の目的注釈』で示されている天球論がマラーガ学派(13世紀)の数理天文学・哲学的神学への批判として提出されている可能性を確認した。脱占星術的性格の強い同学派の神観・知性論へのカウンターとして、彼は一方で占星術周辺の知識(天球の感覚論・古代の賢者にかんする伝承など)を動員し、他方でラーズィー(1210年没)の占星魔術的神学(汎霊論など)を受容・改変することで、自説を構築しているものと考えられる。現在はその細部を検証しつつ、論文化の作業を行っている。さらにジュルジャーニー(1413年没)も主著『神学教程注釈』において、タフターザーニーと同様、占星魔術的な議論を自身の神学体系内に受容している可能性を確認した。(2)13-15世紀の存在一性論系神学におけるコスモロジーとオカルト諸学の関係についての調査:関連テクストの分析により、13世紀半ばの時点では同派の世界観に顕著だったオカルト学的諸要素(占星術・文字論への依拠)が、14世紀前半の体系化に際して一旦は捨象されたものの、14世紀後半から15世紀初頭においてふたたび活性化したという見通しを得た。現在はこれを作業仮説として細部の検証を行いながら、論文化の方向性を模索している。(3)ジャービル文書の魔術的論考についての調査:13-15世紀のコスモロジーの展開に占星魔術が大きな影響を与えていることが判明したため、当初の計画より時代をさかのぼり、後代の魔術理論に多大な影響を与えたジャービル文書(9-10世紀)の魔術的論考の研究にも着手した。これは他分野の専門家との共同計画として組織し、現在はテクストの読解を進めている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
採用2年目にあたる本年度は、コロナ禍のために計画を変更し、引きつづき慶應義塾大学言語文化研究所を拠点として、テクストの分析と史料の収集に専念した。分析の焦点は計画どおり、14-15世紀の神学書を13世紀の哲学書・神学書と比較・検討することに定めた。読解作業の遅れから、当初予定していたほど広範な史料を網羅することはできず、年度内の論文化も実現できなかった。これらは否定的評価の材料となるが、他面、肯定的に評価すべき点も少なくない。(1)カラーム系テクストにかんしては、まずタフターザーニーがおそらく13世紀の数理天文学周辺の神観・知性論を批判しながら、先行する占星術・占星魔術を意識的に受容したこと、さらにこれらオカルト諸学をイスラム教の教義とすり合わせながら周到に正当化していることを突き止められた。類似の傾向は同時代のジュルジャーニーにもみられ(ただしこちらはさらなる検討が必要)、ここから「13-15世紀スンナ派イスラム神学における占星(魔)術の排斥と受容」という新たな研究の展望が拓けた。これは従来の研究ではほとんど見逃されてきた点だが、この時代のコスモロジーの展開を考察する上で決定的に重要な視座になると判断できる。(2)存在一性論系テクストにかんしても、同様に13-15世紀にわたる展開をオカルト諸学(特に占星術)への依拠の有無に着目し、これを世界観の体系化や哲学受容のプロセスと比較することで、一性論派の歴史を当時の時代状況により即した形で叙述できるという見通しが得られた。(3)この時代のコスモロジー全般にたいする占星術・占星魔術の重要性をうけ、初期アラビア占星魔術にかんする共同研究を立ち上げた。これは上記(1)と(2)の成果を次年度、より確固たる基礎の上に発展させていく上で、大きな意味をもつ。以上を考慮し、本研究はおおむね順調に進展していると評価する。
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Strategy for Future Research Activity |
採用3年目にあたる次年度は、本年度の成果にもとづき、関連テクストの読解・分析をさらに進め、論文刊行のための作業に専念する。特にカラームにかんしては、タフターザーニーの『神学の目的注釈』とジュルジャーニーの『神学教程注釈』に、存在一性論系神学にかんしては、アームリー(1389年以降没)の『本文の本文』とファナーリー(1431年没)の『親密の灯』に焦点をあわせ、それぞれが占星術・占星魔術をいかに受容したか、論文中で明確に示すことを目指す。史料の収集も継続して進める。またこれらと並行して、前年度までの作業で得られた知見も随時文章化し、雑誌投稿していく。なお、次年度もドイツ(あるいはイギリス)の研究機関での在外研究、国際学会での報告、トルコ、イラン、ウズベキスタンの図書館での資料調査等を計画していたが、いずれも新型コロナウィルスの世界的流行により、見合わせを余儀なくされる可能性が高い。参加を予定していた国際学会も、すでに中止との報がとどいている。史料のデジタル化サービスや国際会議・研究会へのオンライン参加等、所与の条件下で可能なかぎり有効な対処手段を模索していく。
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Remarks |
本年度はアウトリーチ活動の一環として、西欧初期近代科学史・自然哲学史を専門とするヒロ・ヒライ(平井浩、コロンビア大学研究員)と共同で、お互いの研究テーマを交錯させるウェブ対談を行い、一部は文章化・オンライン出版も行った。
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