2019 Fiscal Year Annual Research Report
前近代イスラム史における施設経営の実態:マムルーク朝期カイロの修道施設に着目して
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19J10335
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
久保 亮輔 一橋大学, 大学院経済学研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | 社会経済史 / 寄進 / 前近代イスラム史 / ワクフ / マムルーク |
Outline of Annual Research Achievements |
マムルーク朝においてスーフィーの修行・生活の拠点であった修道施設が多数建設されたこと、およびスーフィズム(イスラム神秘主義)が「民衆」の間にも地歩を確立したことを踏まえ、本研究は修道施設を対象に、その経営実態を明らかにすることを目的とする。その背景には、権力者層を主な考察対象として進められてきたこれまでの研究への反省がある。つまり、本研究が意図するのは、修道施設を通じたヒト・モノ・カネの流れの検討によるカイロの日常生活、および「民衆」の経済生活への接近である。 初年度は、国立公文書館およびワクフ省に所蔵される未刊行史料を閲覧・分析するため、カイロを拠点に研究を進める予定であったが、エジプトの政治情勢の緊張に伴い、閲覧証が発行されない事態となった。これを受け、急遽研究の拠点を欧米とトルコに移し、新たに史料調査を実施することとなった。その結果、以下の二種類の史料を入手することができた。すなわち、(1)ワクフをめぐる問題をあつかった法学史料(スレイマニエ図書館所蔵)、(2)ワクフ関連文書(シカゴ大学所蔵)である。このうち(1)については、従来から法学史料のワクフ研究への応用が進んでいないことが指摘されていたため、その利用価値は高く、本研究でも利活用する予定である。他方(2)については、短期の滞在であったことから入手できた史料はごく一部にどまった。また、次年度以降の研究を見据えて、国立公文書館およびワクフ省へ再度、史料の閲覧申請を行った。 研究発表は二度実施した。5月にボン大学で開催された国際ワークショップでは、修道施設の建設用地の獲得手法とその利用形態を類型的に考察した。11月にニシャンタシュ大学で開催された国際ワークショップでは、すでに学術誌に掲載された医師の寄進をあつかった論稿に改訂をくわえ、修道施設を通じて医師が財産を築いていく過程を分析した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、本研究の主要参照史料であるリザク台帳(「慈善台帳」と「軍務台帳」を含むコレクション)およびワクフ関連文書へのアクセスが当局より制限されていることに鑑み、研究計画の一部を変更する必要が生じた。当初の計画では、これらの史料が所蔵されるカイロを拠点に研究を進めることを想定していたが、研究の拠点を欧米およびイスタンブルに移し、新たに史料調査を計画した。その結果、イスタンブルではワクフをめぐる問題を扱った法学史料を、シカゴではワクフ関連文書(マイクロフィルム)の一部を、電子データの形で入手することができた。とくに法学史料にかんしては、今年度の調査で「リサーラ集」と「ファトワー集」を入手したが、その内容を概観したところ、本研究課題の遂行にとっても有益な情報を多く含んでいることが判明した。従来からワクフ研究への法学史料の応用が進んでいないことが指摘されていたため、計画の変更に伴い入手したこれらの史料は、ワクフ研究の新地平を切り拓く可能性を秘めていると言える。その意味で、当初の計画とは異なるが、貴重な史料を入手し、今後の研究の展望を拓くことができた点では進捗があったと言える。全体として、研究の進捗は概ね順調だと判断できる。
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Strategy for Future Research Activity |
入手した史料の閲読・分析を進め、論文としてまとめる作業を遂行する。とくに法学史料(「リサーラ集」と「ファトワー集」)の分析に注力し、マムルーク朝期の社会経済事情にかんする情報と論点の抽出に努める。そのさい、15世紀の法学者の見解と16世紀の法学者の見解にどのような相違が見られるかを念頭に置きつつ、当該社会の経済財政事情や社会情勢にも配慮しながら考察を進めたい。具体的には、それぞれの時期のスルタンによるワクフ財の購入・接収事例やそれとの関連で国有地が流出してゆく過程、さらにはペストの流行など「民衆」の経済生活に直結する問題とのかかわりにおいて、法学者の見解を整理することが当面の作業課題である。 またこれと同時並行で、法学史料に記されたワクフをめぐる係争の内容分析を進め、マムルーク朝期の日常生活の実態解明に取り組む。この作業は、本研究課題から派生して、法学史料を利用しての社会史研究への発展も期待されることから、中長期的な視点に立って進められるべき課題である。 社会情勢が安定し安全を確保しつつ調査が実施できる状態になれば、再度イスタンブルで史料調査を実施し、前回の調査時に入手できなかった追加の史料(スーフィズムにかんするリサーラ)を入手する。また国立公文書館およびワクフ省の閲覧申請の結果を確認し、閲覧証が発行されていれば当初の主要参照史料であったリザク台帳とワクフ関連文書の閲読・分析に臨む。
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