2019 Fiscal Year Annual Research Report
昆虫における複数の刺激情報統合に基づく行動選択の神経機構の解明
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19J10862
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
佐藤 和 北海道大学, 生命科学院, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | 意志決定 / 逃避行動 |
Outline of Annual Research Achievements |
動物は捕食者の接近を感覚刺激として検出し、これに基づいて適切な逃避戦略を選択する。申請者はこれまでに、コオロギが速度・角度・持続時間という複数の気流刺激パラメータに基づいて歩行または跳躍を選択することを明らかにした。本研究では、複数の刺激パラメータに依存した逃避行動選択を行う神経基盤を解明することを目的とし、1年目に逃避行動選択を行う神経基盤が存在する領域を同定し、2年目に同定した領域内で目的とする神経基盤を単一細胞レベルで探索するという計画を立てた。 複数の刺激パラメータの統合処理を経て行動選択を行う神経回路は、単一パラメータのみに依存する神経回路と比較して複雑であり、脳に存在すると予想される。そこで、まず脳神経節と前胸神経節を接続する2本の頸部神経束を切断することで、脳へ感覚情報を入力する上行性信号と脳から運動司令を出力する下行性信号を全て遮断した。このとき、コオロギは気流刺激に対して逃避行動をまったく生じなくなった。次に、2本の頸部神経束の片側のみを切断し上行性・下行性信号を半減させたところ、気流刺激に対して跳躍が生じる確率のみが減少した。また、最終腹部神経節と第4腹部神経節の間で片側神経束を切断し上行性信号のみを半減させたところ、跳躍は片側頸部神経束切断時と同様に減少した。以上から、脳神経節は気流刺激に応答して逃避行動を行うために必要であり、特に跳躍が選択されるためには脳神経節への感覚情報入力が重要である。 今後は固定状態のコオロギで詳細な神経回路探索を行うこととし、固定状態で選択された行動の判別基準を設けるために、自由行動下状態のコオロギで歩行・跳躍時の両後肢の筋電位変化を計測する実験を行った。解析の結果、跳躍時の方が筋電位変化が大きく、また、歩行時では両後肢における筋活動は同調しないが跳躍時では同調するという傾向が観察された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
1年目の研究における目標は、逃避行動選択を行う神経基盤が存在する領域を同定することであった。複数の刺激パラメータの統合処理を経て行動選択を行う神経回路は複雑である。加えて、申請者の所属研究室では、気流刺激情報を送る巨大介在ニューロンが既に複数同定されている。以上の理由から目的とする神経基盤は脳に存在すると予想し、これを確認した。 まず自由行動下状態のコオロギで、脳神経節と前胸神経節を接続する2本の頸部神経束のうち片側に金属電極を巻き付けて細胞外記録法を行い、歩行または跳躍時の脳への上行性・下行性信号を計測した。しかし、計測された神経活動には多数の神経細胞の活動が含まれており、加えて上行性信号と下行性信号を切り分けることが難しく、詳細な神経活動の解析と比較はできなかった。 詳細な解析が可能な神経活動を計測するためには、動物を自由行動下状態ではなく固定状態にする必要がある。そこで、まず自由行動下状態で、脳への感覚情報入力(上行性信号)と脳からの運動司令出力(下行性信号)が逃避行動選択に重要かを確認した後、固定状態でこれらの信号をさらに詳細に解析することにした。 脳神経節と前胸神経節を接続する頸部神経束の片側を切断し上行性・下行性信号を減少すると、跳躍を生じる頻度のみが減少した。次に、最終腹部神経節と第4腹部神経節の間の腹部神経束を片側のみ切断し上行性信号のみを半減させると、歩行と跳躍の両方が減少した。以上から、脳での感覚情報処理が逃避行動選択に重要であることが確かめられた。さらに、今後固定状態で神経活動を計測し解析・比較を行うために、固定状態での行動判別基準を設ける実験として各行動時の両後肢の筋電位変化を計測した。歩行時に比べ跳躍時には、両後肢で筋電位活動が同調しており振幅が比較的大きいという傾向が観察され、これを固定状態での行動判別基準として用いることができると考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
複数の刺激パラメータに基づいて逃避行動選択を行う神経基盤を単一神経細胞レベルで解明することを今後の研究の目的とする。固定状態の動物で細胞外記録法・細胞内記録法により神経活動を計測し、詳細な解析を行って行動間で比較することで、逃避行動選択に必要十分な役割を持つ神経細胞を同定する。 1年目の研究の時点で、コオロギが歩行と跳躍のいずれを選択したかを固定状態でも判別できるよう、両後肢の筋電位変化の計測と解析を行った。加えて、固定状態で神経活動を計測するための実験設備を準備した。以上を踏まえ、まず細胞外記録法を用いて、脳への感覚情報入力(上行性信号)と脳からの運動指令司令出力(下行性信号)の詳細な調査を行う。脳神経節と前胸神経節の間の頸部神経束の片側を切断し、サクション電極を用いて脳神経節側の切断面から下行性信号を、前胸神経節側の切断面から上行性信号を計測し、行動間で神経活動をそれぞれ比較する。この実験により、歩行と跳躍が選ばれる時に実際に脳から異なる運動司令が出力されているのか、そして、脳に入力される感覚情報が行動選択に決定的なものであるかを検証する。 次に、目的とする神経基盤を単一神経細胞レベルで探索するために、細胞内記録法によるアプローチを行う。気流感覚情報を脳へ送る巨大介在ニューロンの脳内での投射パターンが明らかとなっており、目的とする神経基盤はこの投射領域付近にあると考えられるため、この領域を探索することとする。まず、細胞内記録法で単一神経細胞の活動を計測しながら気流刺激を与え、歩行と跳躍に先行して異なる活動を示す神経細胞を探す。該当する細胞を発見した場合には、電流注入を行ってこの細胞の活動を人為的に操作することで、この細胞の活動が直接的に逃避行動選択に影響するかを調べる。以上により、逃避行動を決定するために必要十分な活動を示す細胞を同定する。
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