2019 Fiscal Year Annual Research Report
縄文時代における植物食料化技術の考古・民俗学的研究
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19J10918
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
板垣 優河 京都大学, 文学研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | 縄文時代 / 打製石斧 / 磨石・石皿類 / 機能分析 / 植物利用 / 民俗調査 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、植物を採集・加工・調理するための関連道具や工程、所作を検討し、縄文時代の植物利用活動を明らかにしようとするものである。本年度の研究成果は次の通り。 (1)石器の機能分析。土掘り具とされる打製石斧、堅果類などの加工具とされる磨石・石皿類の機能を詳細に捉えるために、多量の使用痕分析を実施した。対象地域は石川県能登半島、富山県西部、長野県善光寺平、新潟県糸魚川地域、三重県東部などである。その結果、これまで概念的に扱われることが多かった各石器が地域ごとに異なる使用状況を示すこと、またこの視点から縄文時代生業のローカルな展開過程に接近できることを明らかにした。さらに、打製石斧に関しては長野県北村遺跡と富山県桜町遺跡を対象に詳細な事例検討を実施し、石器の装着法や掘削対象土、時期・地区別の諸相などを明らかにした。その背景には、(2)で述べる民俗調査の成果より、多様な根茎類の採集活動が想定される。以上の研究成果は複数本の論文として公表することができた。 (2)採集系植物の利用に関する民俗調査。特に堅果類や根茎類の食料化技術に関する伝承記録の作成を進めた。本年度の対象地域は北上山地、濃飛加越山地、紀伊山地、四国山地、九州山地などである。調査の結果、戦中・戦後直後の欠配当時に食料源として重視されていた採集系植物の種類や構成、食料化技術、食品形態、その他周辺事情に関するデータを多量に集めることができた。 (3)その他。福井県鳥浜貝塚の鹿角斧を精査し、その主たる機能として土掘り具を、具体的な用途としてツルボなど鱗茎類の採掘具を想定した。また当年秋には古代学協会より「第9回角田文衛古代学奨励賞」を受賞するにあたり、自身による考古学的・民俗学的な調査研究成果をもとに、縄文時代の植物食のあり方を展望した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度の調査研究方針は、考古・民俗資料双方のデータを着実なフィールドワークによって多量に集積することであったが、その目的は概ね達成されたのではないかと考える。すなわち、石器の調査では打製石斧を計2774点、磨石類を計3328点、石皿類を計564点まで実物にあたって観察し、使用痕をはじめ石材や形態、法量などのデータを記載し、各石器の機能分析を推進することができた。しかし、当初予定していた岐阜県飛騨地方などでの資料調査は、時間の都合上、次年度へと見送らざるを得なかった。本研究では、中部日本(北陸・中部高地・東海・近畿)における打製石斧、磨石・石皿類の体系的な動向把握を目指しているが、現状ではなおもデータ不足の感がある。次年度も引き続き資料調査を進めたいと思う。 民俗調査では、これまでに250以上の家庭や作業現場を訪問し、聞き取りや実地観察に基づいた伝承記録の作成を進めている。特に本年度は、四国・九州山地においてクリやカシ類のドングリ、さらにワラビ、クズ、キカラスウリ、ウバユリ、ツルボ、キツネノカミソリ、ヒガンバナといった多彩な根茎類の利用伝承を詳細に記録し、中部山地では伝承の消滅が著しいトチのコザワシを、北上山地ではドングリやトチの食法などを採録することができた。 その他、本年度は文献調査も一定の進展をみた。植物の採集や加工に関わったと目される木製器具(掘り棒や敲打具等)に関しては本年度のうちに発掘調査報告書の悉皆的な点検を終え、鹿角斧に関しては実物にあたっての資料精査までを行った。 これら一連の調査成果は査読誌を含む複数本の論考として結実している。以上をもって、本研究は「おおむね順調に進展している」と判断してもよいと考える。
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Strategy for Future Research Activity |
考古資料の調査は当初の計画から大きな変更はない。令和2年度も地域単位での打製石斧、磨石・石皿類の機能分析に重点をおき、長野県諏訪湖沿岸や伊那谷、岐阜県飛騨地方、近畿南部での資料調査を推進する。その他、植物の採集や加工に関わった可能性のある木製器具として、掘り棒や敲打具についても実物にあたっての検討を進める。以上の資料調査により、あくまでも考古資料に即した植物食料化技術の推論が可能になってくるものと思われる。 しかし、これら考古学的な事実を正しく評価するには、食料化技術に関する民俗学的な知識が不可欠である。最終的には、収集した個別の民俗伝承を体系化し、事典的な編成を目指したいと考えている。また現時点での予察ではあるが、これまで分断的に扱われることが多かったアク抜き技術などを、地域を超えて、また利用植物の種を超えて、共通する要素ごとに類型化できるのではないかという見通しを立てている。この点の検証が進めば、遺構・遺物の使用状況をさらに組織的・統一的なモデルによって解釈することが可能となり、縄文時代の生業研究が大きく進展するものと思われる。令和2年度は以上の作業を視野に入れ、未調査地域をできるだけ多く訪ね、伝承記録の作成を進めることにしたい。具体的には、越後山脈や飯豊山脈、三信遠国境山地などでのフィールドワークを検討している。 以上が令和2年度に予定している現地調査の内容だが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、当面は調査を実施することができない。そこで、次善の策として、年度の後半で行う予定であった文献調査に多くの時間を割くことにしたい。具体的には、カリフォルニア先住民や日本近世庶民による堅果類・根茎類の利用事例を民族誌等の古文献によって分析する。これにより民俗調査の限界を補うとともに、人類史上における縄文時代の植物食の特質までを視野に入れた考察を進めることとする。
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Research Products
(5 results)