2019 Fiscal Year Annual Research Report
近代日本の官営事業とその払下げ―政府・民間事業者・地域の関係から―
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19J11334
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
谷川 みらい 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | 工場払下概則 / 開拓使官有物払下げ事件 / 会計検査院 / 大隈重信 / 佐佐木高行 / 大島高任 / 小坂鉱山 / 工部省 |
Outline of Annual Research Achievements |
官営事業およびその払下げに注目し、明治期日本における国家と経済・社会の関係がいかに展開したのかを研究している。先行研究は、官業払下げの国庫収支改善策としての側面を重く見て払下げの停滞期及び進展期を分析し、払下げ対象企業の選定に際しては事業継続能力が特に重視されたとしている(小林正彬『日本の工業化と官業払下げ』(東洋経済新報社、1977年))。それは事態の一面であるが、本研究では国庫収支や民業育成だけではなく、公正性・所在地域住民の生活安定・技術向上等の諸価値や藩閥・党派的利害が互いに矛盾を抱えつつせめぎ合う場として官業払下げを描こうとしている。 大隈重信の提案により明治13年に成立した工場払下ヶ概則(以下「概則」)は、払下げの金銭的条件と、公告を用い一定の公正性を担保した払下げ対象者選定手続きの両方を定めたものであった。翌年には、大隈や会計検査院による開拓使予算の大幅削減に対する開拓使側の対抗措置として開拓使官有物払下げ計画が提起されたが、この計画は概則からかけ離れたものであり、その点を指摘した民権派の攻勢を一因として中止に追い込まれた。 大隈を政府から追放した明治14年政変以降も概則は維持されたものの、概則に則った払下げ手続きを遂行する過程でなんらかの異論が発生し、払下げ計画が頓挫する事態が相次いだ。官業払下げに積極的な佐佐木高行を卿とする工部省の施策により、概則の形骸化は進んだ。 明治17年、工部省は久原庄三郎に小坂鉱山を払下げようとしたが、同省の鉱山技術者として長年同鉱山の経営にあたってきた大島高任と、小坂村民とが一致して払下げ反対運動を展開した。払下げは実施されたが、反対運動の過程で概則が参照されたことを直接の契機とし、佐佐木工部卿は概則から公告規定を削除することを提案、結局概則自体の廃止に至った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
(1)開拓使官有物払下げ事件と開拓使の財政状況、会計検査院の関連についての研究 開拓使官有物払下げ事件の背景をなす財政・政治状況について研究を行い、2019年11月10日史学会大会(会場:東京大学)で口頭報告した。予算審議において強い権限を持っていた会計検査院は、開拓使財政の不備を突き、明治14年以後の開拓使予算を大幅に削減しようとした。これに対する開拓使側の対応として、開拓使廃止・官吏に対する諸事業の払下げという方向が提起されたのであり、こうした論点をめぐる開拓長官黒田清隆と会計検査院に強い影響力を持つ大隈重信との対立が、明治14年政変に一定の影響を及ぼしていることを明らかにした。
(2)工場払下ヶ概則の運用と廃止の過程についての研究 以前から進めている概則の成立・運用・廃止の過程に関する研究のうち、廃止の過程に関する検討を深め、「小坂鉱山の払下げと工場払下ヶ概則の廃止」として『日本歴史』投稿した(現在審査中)。明治17年、工部卿佐佐木高行の主導により、官営諸鉱山は原則として払下げること、その初発として小坂鉱山を藤田組に払下げることが内定すると、小坂鉱山局長であった大島高任は小坂村民と共に反対運動を展開する。大島らは概則に規定された払下げ手続きを参照しつつ公告を経ない払下げに反対したと見られ、それを受けて佐佐木は太政官に概則の公告規定削除を提起し、結果的に概則は廃止される。以上の佐佐木の行動は、井上馨ら長州系参議らの意向を反映している可能性が高いことも指摘した。
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Strategy for Future Research Activity |
「現在までの進捗状況」の(1)に記載した研究については、明治14年政変で開拓使官有物払下げ計画中止が決まり、開拓使の廃止も決定した後の財政処理方法について、北海道立文書館での調査等によりさらに検討を加えた上で投稿論文とする予定である。(2)で述べた論文の前の段階にあたる、概則の成立・運用の過程に関しても、政治家文書の閲覧等により政治過程との関連について検討を深めた上で論文にまとめる。 並行して、概則廃止後の動向についても研究を行う。明治23年の帝国議会開設に前後して、官業払下げの方法には、入札法の導入、払下げ価格の高額化等の変化が認められる。それに引続いて行われる鉄道敷設法・葉煙草専売法制定、製鉄所設置などは、官営事業という形態の再評価とも取れる。これらの変化がどのような回路から発生したのか探りたい。具体的には、明治21年に行われた三池炭鉱払下げに関する公文書や、帝国議会開設直後に衆議院議員田中正造がそれまでの官業払下げにおける不正を追及した質問書等の分析を行う。
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