2019 Fiscal Year Annual Research Report
日本近世史における幕府支配の特質と矛盾-触伝達を中心として
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19J11556
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
糸川 風太 大阪大学, 文学研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | 触 / 浦触 / 支配 / 形式 / 海事 / 廻達 / 領主 / 御城米 |
Outline of Annual Research Achievements |
昨年度は幕府が全国の海岸筋に触れた浦触をめぐる地域の動向を、長州藩・加賀藩・庄内藩等の藩政史料、また紀伊国や伊勢国、能登国、長門国、讃岐国等各地に残る地方史料を通じて検討を加えた。その結果、①被支配者は触に記された政策内容の遵守よりも、触「そのもの」を粗相なく廻すことを念頭に置いていたこと、②そのような被支配者の姿勢の背景には、幕府からの目、および外聞を懸念し、領民に賞罰を与える各個別領主の態度によるものであること、これは親藩・譜代でも外様大名でもおおよそ共通していたこと、③その結果、被支配者は触廻達を達成した事実そのものを重視、また各個別領分内で粗相ない廻達責任を負うことが基本方針となり、触対象地域全体に責任を負わないようにする動向がみられること、④以上により、幕府が最低限達成したい事項である筈の触廻達にすら場合によっては支障をもたらすこととなり、浦触による幕府の全国支配は、必ずしも幕府・個別領主・地域が対立関係になくとも、矛盾が発生しうることを明らかにした。 上記の点は触書という本来は被支配者への行動規制の媒体に過ぎないものが、様々な組織を媒介することで、そのものとしての価値が増幅され、それによって触の発給者の意図から外れ、当初目指した支配が貫徹できなくなること、個別領主は幕府が特段留意していなくとも、外聞や自身の統治責任を念頭に置いて触の形式維持を領内に徹底させることを指摘し、近世(あるいは近代)の支配を考える上で、それを媒介する「モノ」への視点が不可欠であること、政治的・社会的対立が発生せずとも、「外聞」を気にする個別領主や地域の動向によって、支配の矛盾が発生しうることを指摘したことに意義を見出している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究実績で述べた内容をまとめた論攷「近世幕府触廻達体制の展開と諸矛盾ー浦触の形式とその解釈をめぐって」は現在査読中である。 さて、このような浦触が全国各地の海岸線に沿って順々に廻される方法が恒常的に展開するのは、18世紀中期以降のことである。しかし、いうまでもなく幕府の海事における全国支配は近世初頭から展開しており、何故に上記に述べた体制が確立し、展開しえたのかという点が重要になる。そこで、浦触が記す内容で中心的なものである、全国の幕府領年貢米である「御城米」の廻漕事業を通じて、その実現をめぐる全国支配の展開を、近世初頭から見通す作業が必要となる。特に後世の浦触形式がみられるようになる端緒は、17世紀末、すなわち西廻り・東廻り航路の整備時期であることから、当該期の触をめぐる個別領主・地域の動向と幕府の政策を分析している。 上記により、昨年度末より浦触そのもの以外にも、その触が発給される前提となる幕府の海事政策・支配の展開過程を検討している。当初の研究計画に定めた視野をより広まったが、それ故取り組まなければならない事象も増えたため(2)を選択した。 既に御城米廻漕を担った塩飽諸島や積出港の一つであった出羽国酒田、また各地の港に設置された廻船の監視者である御城米役人、そして後世御城米船の差配を一手に担い、幕府との関係を深めていく大坂の廻船御用商人の史料を調査している。 昨年7月には和歌山藩研究会にて、紀伊国牟婁郡尾鷲地域を対象に、御城米廻漕体制に関する研究報告を行い、同9月には四藩合同研究会において、紀伊国において御城米役人を勤めた家の史料を用いながら、寛文期(17世紀後期)の西廻り航路整備前後における御城米廻漕体制の実態について論じ、海事における個別領主の役割を追求した。
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Strategy for Future Research Activity |
当初研究計画の副題に掲げていた「触伝達」というテーマにつき、それを端緒としつつも、さらに視野を広げ、触伝達に限らない諸政策や被支配者よりみるそれらへの対応等、海事全体を通じてみる幕府支配の特質と矛盾を検討するという点に視野を広げている。特に、浦触に記された中心的なテーマである「御城米」回漕体制の展開過程、それをめぐる全国の海岸筋への支配体制等を中心に分析する。無論、その中に昨年度実施した浦触伝達の特質が位置付くことになる。 本年度は新型コロナウィルスの影響で、各機関が閉鎖されており、史料調査を行うにあたっては、厳しい状況であるが、昨年度末より史料調査を頻繁に実施したことにより、史料は充実しつつあるため、本年度5月中には塩飽廻船をめぐる幕府の御城米政策に関する論攷、6~7月中には御城米廻漕をめぐる藩や地域の動向を御城米役人や浦触を中心にまとめた論攷を発表し、8~9月中には海事をめぐる浦触の登場と展開に関する研究報告と河村瑞賢の航路整備政策をその前段階の事業から位置づけ直す研究報告を実施し、10月~11月中には廻船御用達商人を中心に据えた幕府海事政策の展開過程に関する論攷を発表予定である。なお、余力があればその過程の中で通史的に論じられる東廻り・西廻り航路を整備したと評価される河村瑞賢の位置づけについても、従来の研究を再考しつつ、新たな論点を提供する論攷を発表したい。 史料調査に関しては、新型コロナウィルスの影響が収束次第、大阪市史編纂所寄託の個人蔵文書である廻船御用商人の史料と、酒田市光丘文庫所蔵の庄内藩関係史料に注目し、御城米回漕体制をめぐる幕藩制支配に関して検討を進めたい。 査読論文掲載がスムーズに進めば、本年度中に博士準備論文提出を達成し、次年度には博士論文の提出を目指す。
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