2019 Fiscal Year Annual Research Report
人権条約の地理的・時間的適用理論の統合的研究―「移行期正義」関連事例に着目して
Project/Area Number |
19J12497
|
Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
中尾 元紀 大阪大学, 法学研究科, 特別研究員(DC2)
|
Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2021-03-31
|
Keywords | 国際人権法 / 欧州人権条約 / 自由権規約 / 領域外適用 / 時間的適用 / 過去の不正義 / 移行期正義 / 被害者救済 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、「過去の不正義」の克服に関する政治的動向を見据えつつ、人権条約の地理的適用と時間的適用の法理を分析し、両者の統合可能性を探究することを目的とする。国家による恣意的殺害や組織的強姦は人々の不正義の感覚を強く刺激するものであり、現在ではその責任追及・被害者救済を求める動きが様々な場で見られるようになっている。人権条約のフォーラムに持ち込まれることも増えているが、この問題には、侵害的行為が人権条約発効時より過去に行われた場合や、外国領域下で行われた場合といった、人権条約適用の限界事例が関わることがしばしばである。したがって、人権条約の地理的および時間的適用理論を分析し、限界事例においていかなる要素が適用を肯定または否定する方向に傾けるかを解明することを試みている。 研究のプロセスは(1)地理的適用に関する事例および学説の分析、(2)時間的適用に関する事例および学説の分析、(3)統合的適用理論の構築とそれに対する規範的評価に分割されるが、2019年度は(3)の作業の前提となる(1)、(2)の作業に重点を置いた。 (1)について、欧州人権裁判所と自由権規約委員会の関連事例を実証的な手法で整理するとともに、ミラノヴィッチといった著名な論者によるあるべき適用理論に関する諸学説を分析し、それらが何を人権条約が締約国に義務を課す理由と考えているかを分析した。その上で諸学説の問題点を指摘し、それを克服する規範的理論として、人権条約の適用根拠を「国際法上の保障者的地位」と「法益侵害の危険を創出する先行行為」の2類型に分けるアプローチを考案した。その成果は『阪大法学』に掲載された。 (2)については、必要な文献を収集し、問いの導出と学説の整理を行った。特に、ヤノイエクほか対ロシア事件欧州人権裁判所判決とこれに関する学説を検討し、「真正な連関」基準の内容とその実体規定との関係について示唆を得た。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
以下の理由により、2019年度は本研究の全体を意識しつつ段階的に研究を進めてきたと評価している。上記(1)に関連して、前述の通り査読付き雑誌(『阪大法学』)にて論文を公表できた。これは前年度に若手人権問題研究会で行った口頭発表をベースに、査読者等からの指摘を踏まえつつ発展させた研究である。また、2月下旬から3月中旬に行ったイギリスでの在外研究において、必要な資料を収集・閲覧するとともに、関連分野の研究者らと交流を行った。残念ながらコロナウイルスの影響で数名の研究者との面談はキャンセルとなったが、今後も連絡を取り合うこととなった。 次いで上記(2)に関連して、前年度に学生平和研究会で口頭発表を行っており、今年度はそれに基づいた論文の執筆を目標に、必要な文献の収集・分析を行った。その過程で上記の在外研究を行ったほか、所属する研究室の研究会において報告し、それらを整理して以下の成果を得た。第1に、人権条約の時間的適用を決する法理である「真正な連関」基準が用いられた事例には、条約発効前の事態を扱うがゆえに遡及効類似の問題が生ずる場合と、単なる裁判所の審理権の有無が問われたに過ぎない場合とが存在することが明らかとなった。第2に「真正な連関」基準について欧州人権裁判所は、原則としての10年ルールと例外としての「条約の基底的価値」ルールという構図を提示しているが、「真正な連関」の有無は条約の規定または義務によって異なりうるものであるという示唆を得た。これらの成果を基に、特に条約発効前の行為・事態から発効後に義務が生じる場合に焦点を当てる論文を準備中である。
|
Strategy for Future Research Activity |
2020年度は、上記の研究成果を踏まえ、統合的理論の探求およびその評価という課題について本格的に作業を行う年度とする予定である。第1に上記(2)の成果を論文にまとめ上げ、公表することを目標とする。その際、本研究で導出した理論について海外の研究者と意見交換を行い、理論のさらなる発展とその影響力の確保を目的として、英語での執筆を予定している(“European Journal of International Law”または“Oxford Human Rights Hub”を考えている)。 第2に統合的理論の構築可能性を探究する。それにあたって、拷問や恣意的殺害の禁止といった、生命・身体に対する深刻な加害行為を禁止する義務の特殊性に着目し、当該諸義務が法的にどのような性格付けがなされてきたか、そのような性格は当該諸義務の適用理論にどのような影響を与えうるかを実証的および規範的に分析する。基本的には関連する規定または権利義務について逐条的に整理する形で進めることになるが、それらの歴史的背景を明らかにするにあたり、「移行期正義」論に関連する国際法学説(フェミニズム国際法学など)が与えた影響を分析することを予定している。当該作業を通じて、条約のとりうる解釈のうちより適切なものを選定するとともに、一見無味乾燥な印象を与える条約の適用範囲に関する規定が、実際には重大な人権侵害に関する国際的議論のダイナミズムに晒されているのではないかという問いを検証する。
|