2019 Fiscal Year Annual Research Report
〈炭鉱生活圏の文学〉に関する研究-戦後の炭鉱住宅を事例に-
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19J12515
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
奥村 華子 名古屋大学, 人文学研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | 日本近現代文学 / 炭鉱文学 / 在日朝鮮人文学 / サークル運動 / 引揚げ / 森崎和江 / 上野英信 / 李恢成 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、1950年前後から1970年前後の、炭鉱労働者とその家族、炭鉱に暮らした作家による文学テクストを分析対象に、以下二点の達成によって炭鉱という場が人々に与えた影響を複眼的に捉えることを目的とする。第一に、炭鉱住宅から成る生活圏から発生した文学や文化活動を〈炭鉱生活圏の文学〉と位置付ける。第二に、〈炭鉱生活圏の文学〉の複層性を論究する。在日朝鮮人労働者とその家族らによる独自の文化活動を調査し、それぞれのコミュニティのネットワークや交渉関係を明らかにする。これにより、炭鉱を、労働の場としてのみでなく職住一体の環境によって規定された生活と文化生産の場として再定義することを目指す。 本年は、研究目的の第一に関連して、九州北部のサークル誌の収集にあたった。火野葦平資料館館長の坂口博氏の協力により、1970年代の九州の市民団体による『市民派』や、九州南部から九州北部へ出稼ぎにでた女性労働者らの手による『でかせぎ娘』などを入手し、九州北部の文化活動に関する調査を行い、炭鉱労働者らの手による文学活動の特徴を相対的に把握することに努めた。また研究目的の第二に関連して、北海道やサハリンの旧産炭地域で発行されたサークル誌、文集等の調査を行った。北海道立文学館では、サハリンの炭鉱出身作家である李恢成が、1980年代から北海道の大学教員や同人誌作家らとともに「その後の会」から発行した機関誌や、戦前の樺太で発行されていた詩誌『ポドゾル』を入手した。ほか全国樺太連盟での資料調査とサハリンの実地調査を行い、戦前の樺太で働いていた日本人・朝鮮人労働者に関する知見を得ることに努めた。 また当初の研究計画に加え、研究目的の第一・第二にあげたような、炭鉱を生活圏とする人々の創作の特徴をより明瞭に捉えるため、夏目漱石『坑夫』などを題材に、炭鉱外部からまなざされる労働者の人々への視線についての調査も行なった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
該当年度の研究成果として、4点の口頭発表を挙げることができる。まず「去りゆく炭鉱の文化生産――上野英信にみる熱戦と冷戦の交錯――」(国際日本文化研究センター共同研究「東アジア冷戦下の日本における社会運動と文化生産」にて発表、2019年7月28日)や、「大地へ追われて――森崎和江『まっくら』における〈暗闇〉の射程」(Global Network for Gender Studies in Asiaにて発表、2019年9月8日)では、炭鉱に暮らし労働者らとの協働創作を行なった二人の作家が、炭鉱労働者の聞き取りを行なったことの射手に、戦後の日本におけるナショナリズム批判と同時に、自身の引揚げ経験を見つめ直す契機が含み込まれていることを検討した。また、「二度目のカミングアウト――李恢成『またふたたびの道』を中心に」(日本近代文学会・昭和文学会・日本社会文学会合同国際研究集会にて発表、2019年11月24日)では、樺太の炭鉱で働く両親を持ちその後北海道へ引揚げた李の経歴と1970年代の北海道の炭鉱の現状を参照しつつ、戦後の炭鉱で働く日本人の友人と在日朝鮮人の関係性を考察した。 また、「はたらかない労働者たち――夏目漱石『坑夫』にみる境界としての坑内――」(日本近代文学会東海支部 第65回研究会にて発表、2019年12月15日)では、作品世界において炭鉱労働に対する当時の社会状況がいかに含み込まれているかを検討した。 これらは、同年の資料調査による成果を有効に活用した結果であり、研究発表の場では多くの研究者の方の意見や知見を得ることにもつながっている。以上の理由から、本年の進捗状況は、「おおむね順調に進展している」ものといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
2019年度の研究においては、上野英信、森崎和江、李恢成という作家らを切り口に、1970年前後の炭鉱や炭鉱労働者らに対する着目には、作家ら自身の引揚げ経験が深く関わっていることを確認した。森崎和江や上野英信による炭鉱労働者らとの協働創作や、李恢成による閉山間近の炭鉱の描写の背景には、職住一体の環境において時に移動を余儀なくされた炭鉱労働者らへの目線に、引揚げという自身の経験がオーバーラップしていることを、より明瞭に検証することを来年度の目標としたい。またこれまで、引揚げ経験と戦後の炭鉱との関連は、まとまりをもって論じられることは少なかったため、今後は三者の差異に留意しつつ比較検討することによって、論理的な整合性が獲得されていくものと思われる。 また、夏目漱石『坑夫』においては、とくに坑内労働の表象に関して、同時代の他の小説作品における描写との比較検討を進めるため、より広範な資料調査を行う予定である。 先に述べたように、本年度の研究実施状況はおおむね順調に進行しているものといえる。しかし本年の課題として、資料調査や考察が不十分であったことから、論文執筆が進行していないことが挙げられる。来年度は、上記のような点に留意しつつ、補足的な調査と報告の際に新たに生じた課題を解決した上で、集中した論文執筆にあたることを目標としたい。
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Research Products
(6 results)