2019 Fiscal Year Annual Research Report
関係的平等にもとづく熟議民主主義論の正当化と実現可能性に関する研究
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19J14427
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
小須田 翔 早稲田大学, 政治学研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | 政治理論 / 民主主義 / 熟議民主主義 / 規範と経験の架橋 / 関係的平等 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、他者を支配せず他者に支配されないということを意味する関係的平等という理念によって熟議民主主義を正当化し、同時にその実現可能性を明らかにすることを目指す。この研究は、さらに2つの基軸をもつ。第一の基軸は、熟議民主主義論の規範的研究である。熟議民主主義論の規範的な正当化は、ユルゲン・ハーバーマスやジョン・ロールズなどの政治哲学の古典的著作にもとづいてなされることが多いが、近年の政治哲学の発展を受けた正当化を行う余地がある。近年の政治哲学の発展とは、自由や平等といった概念についての新しい見方の登場であり、それらの見方を熟議民主主義論に応用することで、より説得力のある正当化が可能になる。本研究では、関係的平等という理念によって熟議民主主義を正当化する。 第二の基軸は、規範的研究と経験的研究の架橋である。熟議民主主義論に関しては規範的な研究だけでなく、数多くの経験的な研究がなされてきた。しかし、その両者がどのように接合するのかについての知見は、いまだに十分とはいえない。例えば、規範的研究が想定する事態は、実際には生じないということを経験的研究が明らかにするかもしれない。実際に、すでにいくつかの熟議民主主義の実験において、参加者の間にジェンダーによる不平等が生じやすいことがわかっている。このような場合に規範的な研究はどのように応答するべきだろうか。こうした問いに答えることによって、第一の規範的な基軸で示された熟議民主主義の理想がより説得力を有することになる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2019年度に取り組んだ研究は、主に次の2つである。第一に、熟議民主主義論の先行研究を広範にかつ批判的に検討した。その結果、熟議民主主義論の不足点がふたつ明らかになった。1つ目は、熟議民主主義の正当化は主にユルゲン・ハーバーマスやジョン・ロールズなどによる、政治哲学における古典的な位置付けを与えられている著作にもとづいてなされているが、近年の政治理論の発展を吸収する余地があるということである。2つ目として、熟議民主主義論の規範的な研究と実証的な研究の架橋が依然として課題である。熟議民主主義論においては、経験的研究の蓄積が近年では盛んになされているが、こうした研究に対する規範的研究からのアプローチは少ない。そうした知見の蓄積に本研究が貢献する必要性が明らかになった。 第二に、熟議民主主義論の先行研究として、日本ではもっとも重要な研究者の一人である田村哲樹(名古屋大学)の研究を批判的に検討した。田村は、『熟議の理由:民主主義の政治理論』(2008年、勁草書房)、2017年に『熟議民主主義の困難:その乗り越え方の政治理論的考察』(2017年、勁草書房)と、熟議民主主義に関連する著作を出版しているだけではなく、熟議民主主義に関連する論文を数多く公刊している。田村の議論は、熟議民主主義を後期近代と呼ばれる時代状況から正当化するものであるが、熟議民主主義が決定の正統性を生み出すことを目指すということを考慮するのであれば、熟議民主主義の規範的な基礎に関するより立ち入った議論が必要であるということを論じた。 この2つの研究によって、報告者と先行研究の違いを明らかにする準備が整ったので、本年度の研究は概ね順調に進展しているといえるだろう。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度は、次の二つの課題に取り組む。第一に、関係的平等(relational equality)が熟議民主主義を正当化するという命題の論証に取り掛かる。関係的平等は、政治理論の主題として、人々の幸福の総量や資源の分配状況ではなく、人々の間の関係性を第一義的取り扱う。そして、この関係性を統制する理念は平等であるとする理念である。1999年にエリザベス・アンダーソンが論文を発表して以来、この関係的平等という理念は、政治哲学における議論の中心の一つとなってきた。こうした議論は、民主主義を関係的平等に基づいて説明するといった研究を生み出してきたが、報告者は、それを熟議民主主義論に適用することができるかどうかを検討する。熟議民主主義論は、今までロールズの「政治的リベラリズム」やハーバーマスのコミュニケーション的行為の理論に依拠した正当化が行われてきた。しかし、政治理論において最近研究が進められている自由や平等といった概念と熟議民主主義のつながりはいまだに解明されていない。したがって、本研究は、熟議民主主義の正当化に新たな道筋を付け加えるという理論的な貢献が期待できる。 二つ目の課題は、熟議民主主義論における規範的な研究と経験的な研究の架橋に関する研究である。熟議民主主義が人々の間の関係性の平等に関わっているという理念は、実現可能な理念なのか、実現可能であるとすればどの程度、実現しているのか、といった問いを考察する。この問いに対して、近年、蓄積されてきた社会科学実験を取り入れた研究を参照し応えていきたい。
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