2019 Fiscal Year Annual Research Report
Research on Collage Techniques in Contemporary Music: Based on the Composer's Practice and Views of Music in the 1970s
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19J14482
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
曹 有敬 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | 音楽のコラージュ / 1970年代のドイツ音楽文化 / ダルムシュタット / メタ政治 / B. A. ツィンマーマン / G. リゲティ / H. W. ヘンツェ / 現代音楽美学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、戦後ドイツの音楽文化形成の過程において、1970年代の作曲家達のコラージュ技法がどのような背景をもとに台頭したのかを、音楽批評という視点から共時的な検討を行った。まず、音楽のコラージュに対する初期受容に着目し、1960年代、70年代の音楽批評におけるコラージュ論を含め、この時代のマーラー解釈という受容の側面からコラージュの用例を分析した。その結果、当時の音楽のコラージュは多角的な視点から捉えられており、今日でのコラージュへの理解と大幅な乖離があることを明らかにした。これまで技法史・様式史の中で取り上げられた、コラージュ技法が当時の社会及び文化をいかに表象するのかを明らかにすることを目的とする本研究にとって、音楽のコラージュの受容から、当時の文脈を読み解くことは、1970年代の音楽文化の一側面を浮き彫りにする際に、重要な課題の一つである。 また、コラージュ技法を駆使しながら一つの大きいな様式変化を起こした、同時代の作曲家B. A. ツィンマーマン、 G. リゲティ、H. W. ヘンツェらの音楽批評の重要性に着目し、彼らが共有していた時代意識と彼らの創作理念の関係性を明らかにした。彼らは戦前生まれの、第二次世界大戦や冷戦時代という時代状況を直接経験した同世代であるとともに、ダルムシュタット夏季現代音楽講習会に関わりながら、エリート主義に象徴されるセリー音楽への抵抗を示した。彼らは音楽の自律性と社会的責任をどのようにして融合していくべきかという問題に積極的に取り組んだ。 本年度の研究を通じて、70年代の音楽のコラージュ受容と実践には、一技法の問題を超え、当時の社会、文化的意味を持っており、思想的・思弁的に理解されていたことを明確にした。また、音楽のコラージュの批判性に関して、音楽内部や外部構造をメタ政治的な視点から検証することができることを再認したことは大きな進展であった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、①1970年代における音楽のコラージュに対する初期受容、②当時のダルムシュタットを中心として形成された「音楽と政治」論、そして③同時代作曲家達の実践活動や創作理念を中心に研究を進め、それぞれ研究成果を積極的に発表した。 ①1970年代の音楽のコラージュ現象が、当時にはどのように受容されていたのかを、用例分析という観点から明らかにすることで、音楽のコラージュの成立過程のみならず、音楽のコラージュの再考まで論じることができた。この作業の成果を論文化し、査読雑誌『音楽学』に提出・採用済みである。そして、②1970年代のダルムシュタット夏季現代音楽講習会に焦点を当て、「音楽と政治」という問題が、実践的かつ思想的に関係していたことを明らかにし、その成果を第70回美学会全国大会で発表した。また、③当時の作曲家達の実践活動や創作理念を考察することで、ダルムシュタットを中心としたドイツ音楽文化の発展に着目し、個別の作曲家と彼らの間の共通認識を明確にすることもできた。その成果をまとめ、セルビアで開催された国際美学会(21st International Congress of Aesthetics)で発表した。また、作曲家リゲティの70年代の音楽批評言説を分析し、その成果は国際ジャーナル『Lithuanian Musicology』に掲載された。そして、作曲家ツィンマーマンの後期様式の音楽のコラージュがいかにして社会、文化を表象するのかについて、中国で開催した東アジア国際音楽学会にて発表を行った。 以上の成果は、70年代の音楽のコラージュ美学を、音楽文化、美学、政治という多面的な方向から布置的関係を示したものの、「長い60年代」というより広い文化現象における位置付けに関しては、他芸術領域との内的・外的関係性まで広げることはできなかった。したがって、「おおむね順調に進展している」とした。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は、「長い60年代」(1958~72)におけるコラージュ美学を、当時の感性文化という視点から問い直し、芸術文化史の中に位置付けることを第一課題とする。まず、ペータ・ブリューガーやウンベルト・エーコなどの芸術理論に即して、当時の音楽のコラージュと造形芸術、映画など他の芸術領域でのコラージュを比較する作業を行う。その比較から得た各芸術領域の間の類似点と相違点を文化政治学的に考え直し、当時の感性文化(抵抗文化)とどのように関係していたのかという次元まで議論を拡張させる。そこに音楽のコラージュの「批判性」、「破壊性」、「創造性」の力学関係が、外部とどのように関係しながら成立するのかが浮き彫りにされると考えられる。 次に、上記の芸術理論に基づき、音楽界内部の状況を検討する。これまでの研究対象であった、ダルムシュタット楽派から、戦後ドイツ音楽文化の発展を担っていたもう一つの音楽都市、ケルンまで広げ、「長い60年代」の音楽文化状況をより広い視野で考察する。研究対象をケルンまで広げることで、音楽のコラージュの周辺状況を射程に検討することができる。すなわち、70年代の作曲家達がセリー音楽からコラージュ技法へ移行する際に多大な影響を受けたと考えられる、ケージの音楽思想、ミュジック・コンクレートや電子音楽との連続性、先述した音楽のコラージュをめぐる「批判性」、「破壊性」、「創造性」をもとにする広い意味でのアバンギャルド精神との関係性とを明確にする。 また、70年代の「政治的音楽」と「音楽の政治性」の論争に常に問題となっていた「音楽の自律性」に関しては、現代音楽に対する60年代のアドルノ晩年著作の検討に着手している。これは70年代の作曲家達の音楽思想と直接に関わるものであるため、補足する必要がある。これまでの考察をまとめ上げ、「長い60年代」における音楽のコラージュという文脈の中に位置付ける。
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