2019 Fiscal Year Annual Research Report
ミシェル・ド・モンテーニュ『エセー』における「自己愛」と「自己知」の様相
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19J20049
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
山本 佳生 早稲田大学, 文学学術院, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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Keywords | モンテーニュ / ルネサンス / レトリック / エラスムス / リプシウス |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度はルネサンス期に大きな影響力を持ったデシデリウス・エラスムスとモンテーニュの関係に焦点を当てた。モンテーニュがエラスムスの著作をどの程度知っており,どの程度自分の執筆に利用したのか文献学的に調査し,特に模倣理論に関して,共通の見解を示していることが明らかになった。さらに,「言論は精神の反映」という広く知られた常套句を起点として,両者がみずからの作品を独創的なものへと変えていく過程を追った。この過程を検証していくなかで,言論と精神は密接に結びつくという考えが古代以来綿々と伝えられてきたことを明らかにしたのは意義深いことである。モンテーニュをルネサンスの知的文脈に置きなおして読解するという目的はこの点において達成されたといえよう。 さらに,モンテーニュの実人生と作品の関係性にも注目した。これは彼が生きた十六世紀の歴史的文脈を確認するなかで明らかになったことであるが,『エセー』は彼の天才的なインスピレーションの産物ではなく,むしろ政治的,社会的つながり,宗教的な配慮のもとで生み出されたものであるということだ。つまり,モンテーニュはあたかも自分のため,家族や友人といった親しい人々のために書いているようにみえるが,実際のところ,部分的には,世間の人々に対し,自分自身の姿を紹介するために『エセー』を書いているということがわかった。これにより,モンテーニュを作家としてだけではなく,判事,政治家として捉える可動域がさらに広がったといえる。実績としては三本の研究論文を提出したが,モンテーニュを歴史的,思想的文脈からとらえるという目的は十分に達成できたので,次の段階に進みたいと思う。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
当初の計画では『エセー』における「自己愛」と「自己知」という二つの概念に接近すつ予定であった。しかしながら,これらを概念として捉え,哲学,思想の分野からアプローチするだけでは不十分ということがわかった。エラスムスの思想について追っていくなかで,十六世紀に大きな問題となったキケロ主義,つまり,キケロの文体模倣についての問題がこれらの概念と連関することがわかってきた。他人の言葉を模倣することは,その人の精神までも模倣することになるのだろうか,という問いが重要視されたのだ。この模倣理論と「自己愛」を関係させると,作家は自分の文体と他人の言葉の借用をどの程度区別するべきか,他人の精神を知り,模倣することは自分の言葉と精神にどのような影響をもたらすのか,これらの問題が持ち上がってくる。つまりこれは概念の問題ではなく,実践の問題である。特にレトリックの分野において,この模倣と独創性の関係を考察しなければならない。したがって,今後はレトリックの観点から「自己愛」と「自己知」を捉え,検討していくことが求められる。こうした視点が生まれたことは,当初の計画以上に進展していることの証左だといえよう。
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Strategy for Future Research Activity |
ルネサンスの模倣理論についてエラスムスの著作をベースとしつつ,モンテーニュが「当代一の学者」だと評するフランドルの人文主義者ユストゥス・リプシウスの思想についても見ていく。というのも,エラスムスの模倣理論をこのリプシウスが受け継ぎ,発展させたと一般的にいわれているからだ。よってこの両者の考えとモンテーニュにおける模倣と独創がどの点において関わりを持ち,どの程度共通していて,どの点において異なるのかを明らかにする。 次に問題としたいのが,『エセー』という作品を他の文学ジャンルとの比較のなかで把握することだ。一般的に『エセー』は書簡と対話の要素を持つと言われている。たしかにそれらとの共通点は多いが,我々としてはここにもう一つの要素を加えたいと思う。それは格言集や警句集などの「コモンプレイスブック」と呼ばれるジャンルである。古典テクストからの短い言葉や格言の類を主題別に並べた集成であるコモンプレイスブックは十六世紀に流行し,教育分野においても大きな影響を及ぼした。モンテーニュもこのジャンルと無縁ではないし,むしろ積極的に活用してもいる。書簡,対話に加え,こうした集成との関係から『エセー』を読み直すことで,他に類をみないこの作品の独自性が明確になるだろう。
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Research Products
(3 results)