2019 Fiscal Year Annual Research Report
生体分子マシンが誘起する細胞内レオロジー応答の理論研究
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19J20271
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Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
保阪 悠人 首都大学東京, 大学院理学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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Keywords | 生体分子マシン / 高分子溶液 / 粘性率 / 非平衡性 / 細胞内環境 / 理論的解析 / 流体相互作用 / 拡散係数 |
Outline of Annual Research Achievements |
近年、細胞内の局所的な非平衡性を定量化することで、細胞の生物らしさを抽出する研究が幅広く行われている。一方、細胞内全域の非平衡性を評価する試みは行われておらず、基礎理論の構築が必要とされている。本研究では、非局所的な測定から得られる巨視的な粘弾性的性質を調べることにより、細胞内の広範囲の非平衡性を定量化することを目的とする。 以下に、2019年度研究課題に関して実施した二つの研究を報告する。 (1)生体分子マシンのアクティブ・ダンベルモデル:細胞内環境の再現のために、非平衡性を内在する生体分子マシンのミニマムモデルを検討する必要がある。そこで私は、生体分子マシンを粗視化したアクティブ・ダンベルモデルを考慮し、モデルが従う確率微分方程式の数値的な解析を行った。シミュレーションの結果、非平衡性を特徴付ける時間相関関数が分子マシンのエネルギー源であるATP濃度上昇に伴って指数関数的減衰から振動減衰へと振る舞いを変えることが分かった。また、アクティブ・ダンベルが流体力学的に誘起する受身粒子の拡散は、硬いダンベルの場合抑制されることが分かった。この成果は現在学術雑誌に投稿中である。 (2)生体分子マシン希薄溶液のレオロジー応答:細胞内環境再現の準備段階として、生体分子マシン希薄溶液を考慮し、溶液粘性率へのATP濃度依存性を議論した。ここで、課題(1)で提案したアクティブ・ダンベルを溶液に導入し、ずり流動による生体分子マシン希薄溶液の応答を通じて、擬似的な細胞内の広範囲にわたる粘性率を解析的に得た。計算の結果、ATPの硬さを固定させた場合、ATPサイズに依存して粘性率が上昇と下降の両方の振る舞いを示す事が分かった。この成果は、国内外の複数の研究会で発表を行い、Physical Review E誌で論文を出版した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
課題(2)に関しては、当初の予定より早く2019年度に論文出版を行うことができた [Y. Hosaka, S. Komura, and D. Andelman, “Shear viscosity of two-state enzyme solutions”, Phys. Rev. E 101, 012610 (11pp) (2020)]。本研究では、ATP濃度に依存した酵素溶液粘性率を解析的に導出し、実験的に観察されている酵素溶液中での受身粒子の非平衡的拡散を説明するモデルになり得る。この研究結果については、国内外の研究会や学会において発表・議論・情報交換を行い、本理論研究の発信に努めた。また、課題(1)に関しては現在論文投稿中である[Y. Hosaka, S. Komura, and A. S. Mikhailov, “Mechanochemical enzymes and protein machines as hydrodynamic force dipoles: The active dimer model”, arXiv: 2003.02574]。 さらに、当初研究計画では予期していなかったが、時間対称性が破れた二次元流体に出現する反対称粘性率に関して重要ないくつかの結果を得た。反対称粘性率は、生体分子マシンの導入以外で細胞・生体膜内の粘性率を記述する方法として期待される。 以上の成果より、現在までの進捗状況として、当初の計画以上に研究は進展していると言える。
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Strategy for Future Research Activity |
課題(2)の延長として、ずり速度に依存した酵素溶液粘性率の考察を行う。既に出版した論文では、ずり速度がゼロの極限を考慮しているが、有限なずり速度は細胞内環境で見られる流動に対応しており、細胞内の性質を巨視的に理解する知見をもたらすと考えられる。 さらに、酵素を模倣した弾性バネで構成された生体分子マシンを、より解析的に扱いやすいモデルへと拡張を行う。具体的には、課題(1)で考慮した二状態遷移モデルをバネの自然長が振動するモデルへと拡張する。解析計算での困難さとしては、粘性率を計算する際に扱う確率密度関数の時間発展方程式が非線形になることが挙げられる。この問題を回避する対応策として、酵素サイズが小さい極限での分布関数の展開と、並行して数値計算を行う予定である。 本研究が完遂した暁には、ずり速度、アクティブ・ダンベルの非平衡度に対応する周波数、アクティブ・ダンベルの回転と振動を特徴付ける時間の計四つの時間スケールの存在により、複雑な溶液粘性率の振る舞いが予想される。課題(2)の延長であることから、論文としてまとめる際には国際共同研究になる可能性があり、計上した予算を議論・論文執筆のための旅費等に使う予定である。 一方、新規の課題として、反対称粘性率を持つ流体中の力学的応答に取り組む予定である。生体分子マシンが存在する生体膜には、従来のずり粘性率の他に反対称粘性率が出現する可能性があり、この粘性率は特定の系で実験的に確認されている。予備的な計算では、反対称粘性率が存在する圧縮性二次元流体中では、並進運動する円盤状物体に対して揚力が働くことが示唆された。流体中での揚力発生機構としては、円盤周での流体速度の差で発生するマグヌス効果が知られているが、本研究は流体速度差なしに揚力が発生する初めての例であると考えられる。新規性が期待されることから論文出版をまず目指し、続いて広く研究発表を行う。
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