2019 Fiscal Year Annual Research Report
A Reconsideration of History of Christian Thought by means of Researches in Biblical Exegesis of Theodoret of Cyrrhus
Project/Area Number |
19J21033
|
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
砂田 恭佑 東京大学, 大学院 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
|
Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2022-03-31
|
Keywords | アンティオキア派 / キュロスのテオドレトス / 聖書解釈 / ギリシア教父 / 七十人訳聖書 / シリア・キリスト教 / 註解の伝統 / 古代末期 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、古代末期地中海世界の思想史上、聖書解釈が有する意義を明らかにするものである。その際、聖書解釈を宗教伝統の継承およびテキスト解釈という普遍的な問題に関連させつつ、神学思想や教会政治史との関連をも明らかにすることを目指す。より具体的にいえば、テオドレトスがその『詩篇註解』等の聖書註解において 旧約のテキストをいかに解釈したか、そしてそれがキリスト教思想の潮流にいかなる影響を与えたかを分析するものである。かかる課題を遂行するにあたり、平成31年度は、テオドレトス『詩篇註解』の本文分析を進めつつ、それを広い思想史に位置付ける試みにも着手した。実際に成果を上げた領野は、大きく三つに分けられる。 1.テオドレトスの思想とシリア的伝統・シリア文化との関わりの分析 2. テオドレトスによる、七十人訳ギリシア語詩篇に出る語の釈義と、他聖句の釈義との関連の解明 3. アンティオキア派聖書釈義の特質の同時代的背景に基づく把握 1.テオドレトスのシリア的背景はしばしばナイーヴに強調されてきたが、報告者はSillett(1999)やUrbainczyk(2002)の批判的検討を通して、テオドレトスの描くシリア的伝統はそこに自身を組み込もうつする著者の明確な意図が現れているものである、という見通しを得た。これは七十人訳ギリシア語聖書の優位性を前提としそこにシリア語等諸訳を包摂していく彼の釈義態度とも符合する。さらに2.ある語が詩篇で現れる場合の釈義と、同じ語が新約聖書で用いられる場合の釈義に、それぞれ個別の仕方で一貫した二通りの説明がなされている中に、テオドレトスの選択を位置づけることができた。また3. 4世紀末のヨアンネス・クリュソストモスやモプスエスティアのテオドロスの聖書釈義と同時代の教会間論争との関係を探究することで、5世紀のテオドレトスの事例を再構成するための基礎を用意した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究は概ね当初の計画通り進めることができたが、他方で、①学会側の事情によるものではあるが、査読論文が年度中に公開されなかったこと②当初の計画では構想していなかった主題に着手することになったことにより、計画した以上の進展を見せたとは言えない。しかしこれを三年間の計画を通してみる限り、問題とはならないと報告者は考える。以下、実説概要に示した1.-3.の区分に基づき進捗状況を説明する。 1. 研究文献と一次史料『敬神者列伝』との関係を解析することで、モプスエスティアのテオドロス等アンティオキア派の先人たちとは異なるシリア的伝統への態度を抽出しえた。その成果は報告者が既に『詩篇註解』における「シリア語」の援用を調査してきた結果とも符合する。本成果は現在『年報 地域文化研究』への掲載を目指して論文化している最中である。 2. 旧新約聖書に共通して現れる語のうち「ふところ」(コルポス)「好意、喜び」(エウドキア)などをテオドレトスが釈義する際、それは一見簡潔で疑問の余地のないように見えるが、これを先人たちの註解と照らし合わせると、彼が明らかにそれらの問題点とそれがもたらしうる神学的帰結を踏まえて慎重に結論を下していることが明らかになった。本成果はその本性上いまだ網羅的調査を必要とするものであるが、今後の探究の基礎となるべき部分を確立しえたと報告者自身は考える。 3. 本成果は当初の計画では構想していなかったものである。4世紀後半のアンティオキア派、テオドレトスからみれば先人たちの聖書観・釈義態度を、所謂アレイオス派教会とニカイア派教会との「伝統争奪戦」に位置付けることで見直す本研究は、2020年6月に研究発表を予定しているものである。本課題においては、テオドレトスに大きな影響を与えた先人たちの著述活動を詳細に把握することで彼のそれに接近していく、という方策に対応するものである。
|
Strategy for Future Research Activity |
計画書に記した時点では、欧州における手写本の調査と、先行する詩篇註解の分析とが平成32年度の課題となるはずであった。しかるにCovid-19の齎した社会的影響を払拭するには相当の時間が費やされると考えられ、前者を課題の推進方策として宣言することは難しい。ために後者を中心とし、本年出版をみた校訂本に基づく分析を前述1.の発展課題としてこれに加えるものとする。 a. 先行する詩篇註解の分析。上述3.の進展により先行するアンティオキア派釈義を新たな文脈に位置付ける試みが一定の成果を得たが、それは従来もっぱらオリゲネス流の聖書釈義に対する対抗として捉えられてきた彼らの詩篇註解にも適用しうるものである。また上述2.で分析した「ふところ」という語の釈義はアレイオス派との三位一体論争にも関わるため、これを切り口に分析を進める。 b.テオドレトス『真偽の区別』新校訂本を、彼の著述活動の同時代的意義を考察するための史料として用いた研究。本著作は従来『異端謬説要略』として知られてきたがテオドレトス自身の名づけに基づきGleede(2020)の新校訂本で題名が改められたものである。詳細な写本調査や典拠調査に基づく本書が刊行されたことで、『敬神者列伝』で行った上述1.の分析を別の、すなわち、テオドレトスによる異端の系譜の構想を通して行うことが可能になる。実のところ、Sillett(1999)がわずか一章を本著作の分析に割いたのを別にすれば、かかる考察は先行研究の中でも乏しい状況にあるが、これは信頼できる校訂本を欠いていたことに起因する。報告者は特にシリア発の異端とも呼ばれる「メッサリアノイ」をめぐるテオドレトスのまなざしに注目しているが、より確かな本文に基づく考察を進めることを目指す。
|