2019 Fiscal Year Annual Research Report
About the so-called "Narten-presents" in Celtic
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19J22537
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
小林 浩斗 京都大学, 文学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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Keywords | ケルト語派 / 動詞 / アクチオンスアルト / 比較言語学 |
Outline of Annual Research Achievements |
“Narten-presents”の研究にあたって、まず動詞語根のアクチオンスアルトの研究が必要だと考え、ケルト語派の動詞にみられる補充の研究に着手した。というのも、補充は英語goの過去形がwentであるように異なる語根に由来する語形が一つのパラダイムに現れる現象を指すが、古い印欧諸語においては動詞語根それぞれのアクチオンスアルトに基づいて補充が成立している可能性があるからである。補充はケルト語派にとりわけ豊富であり、特に動詞「行く」には少なく見積もっても五つの語根が用いられているため、動詞「行く」の補充の要因と成立過程の考察から始めることとした。そして、当年度にはフランスのブルターニュ、英国のウェールズへの出張を予定していたため、ケルト語派のブルトン語とウェールズ語の動詞「行く」についての研究を重点的に行った。 ブルターニュでは西ブルターニュ大学で開催されたブルトン語のサマースクールに参加した。ここにはブルトン語学やブルターニュ文学の研究者が多数集っており、複数の方言のネイティヴスピーカーによる朗読の音声を収録することができた。この録音は筆者の後の研究生活にとって有益な資料となりうる。そして、ケルト諸語の歴史言語学を専門とする同大学の教授と意見交換を行った。 ウェールズではアベリストウィス大学で開催されたIntensive Summer Courseに参加した。ここではブルトン語同様欧州の少数言語であるウェールズ語を母語話者から集中的に学ぶという、日本では実現がほぼ不可能といえる貴重な機会を得た。また、ケルト諸語の文献学を専門とする同大学教授と意見交換を行った。 そして、11月にはアイルランドのダブリン高等研究所で開催された学会Tionol2019で発表したほか、メイヌース大学を訪問し、アイルランド語の歴史言語学を専門とする同大学の教授らと意見交換を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当年度にはウェールズ語とブルトン語が属すブリトニック語群の研究に重点を置いたが、そこで大きな問題に直面した。ブリトニック語群で動詞「行く」を担う語根は、同じケルト語派の古期アイルランド語を含め他の印欧諸語で「駆り立てる」を意味する。つまり、本来他動詞であった語根がブリトニック語群では自動詞として使われるようになったと考えられる。現在まではこの自動詞化のプロセスを研究している。 ウェールズのバンガー大学で開催された国際学会The XVIth Congress of Celtic Studies への参加、アイルランドのダブリン高等研究所で開催された学会Tionol2019での発表、およびアイルランドのメイヌース大学でアイルランド語の歴史言語学を専門とする同大学のDavid Stifter教授らとの意見交換は、当初の予定になかったこともあり、大きな成果であったと言える。The XVIth Congress of Celtic Studiesは4年に一度しか開催されないであり、世界各国から一堂に集うケルト学の諸分野の研究者と意見交換、情報収集を行う非常に貴重な機会となった。Tionol2019では、同教授ら参加者からフィードバックを得ることができたほか、同教授から「“point”を意味する語が馬具と関係しているかもしれない」という助言を得ることができた。しかしこの馬具の特定には至っていない。 そして、大学院演習では意味の連鎖変化を想定して仮説を展開した。そこで、連鎖変化が音韻体系など閉じた体系で生じると考えられる現象であることから、境界が曖昧なうえ閉じた体系と言いがたい意味という領域において連鎖変化を想定することが困難であること、および連鎖変化を肯定するためのデータが未だ不足しているため反証可能性を欠いていることが問題として浮き彫りになった。
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Strategy for Future Research Activity |
ブリトニック語群のデータ収集と並行しつつ、ゴイデリック語群に属する古期アイルランド語の動詞「行く」の補充の要因とその成立過程の考察を重点的に進める。具体的には、当該の語根が印欧語族の他の語派においてどの語幹に現れるか、接辞がある場合はどの接辞が用いられているかに着目する。また、印欧祖語の共通の語根に由来するにもかかわらず、ケルト語派では「行く」という意味を持つのに対し、他の語派では「歩く」など異なる意味を持つという場合もある。そういった語根が、分岐する前の印欧祖語において持っていたであろう意味を、アクチオンスアルトとの整合性を取ることができるかという点も考慮に入れながら考察する。 印欧祖語における動詞のアクチオンスアルトについてある程度判明したら、これをもとに印欧祖語からケルト祖語、そしてケルト祖語から古期アイルランド語への補充の成立過程を考察する。ケルト祖語から古期アイルランド語への補充については、ラテン語からロマンス諸語への変遷に見られる動詞「行く」の補充の成立がモデルケースとなりうる。そこで、フランス語やスペイン語などのコーパスを使うことで通時的なデータの収集を試みる。 動詞「行く」の補充について、印欧祖語からケルト祖語、ケルト祖語から各ケルト諸語、そしてラテン語からロマンス諸語への変遷という三つの側面は、個々に独立した研究ともなりうる。そのため、それぞれの研究の進捗に応じて国内の学会での発表または雑誌への投稿を目指す。 なお、サマースクールや学会といった、研究者や学生が一堂に集う場に出席することがCOVID-19の影響で今後不可能になることも予測されるため、そうなった場合は昨年度までに意見交換をした研究者の助力をeメールで得ながら研究を進める。
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