2020 Fiscal Year Annual Research Report
20世紀日本における「物性物理学」の形成・発展過程の研究
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19J22731
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Research Institution | Tokyo Institute of Technology |
Principal Investigator |
河野 洋人 東京工業大学, 環境・社会理工学院, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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Keywords | 物性論 / 物性物理学 / 物質科学 / 固体物理学 / 久保亮五 / 物理学史 / 科学史 / 技術史 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、20世紀半ばの日本における「物性論」(「物性物理学」)の出現・形成過程について、史的分析を講じるものである。 研究代表者は本研究計画の予備調査段階から、「物性論」形成期の重要人物である物理学者・久保亮五(1920-1995)に着目してきた。前年度までに、久保の遺した資料群の整理・分類作業を完了し、他の研究者からもアクセス可能なアーカイブとして、目録の抜粋とともに発表した。またこれと並行し、資料群に含まれる未発表手稿の分析を進め、「物性論」出現期(戦中期)の久保の研究過程を詳しく跡づけてきた。本年度はこの成果をまとめ、国際学術雑誌に査読付き投稿論文として発表した。また、アーカイブ構築の経験をもとに、科学者資料をめぐる問題群について2件口頭発表を行なった。 「物性論」分野全体については、久保の初期研究過程についての成果も一つの足掛かりとしながら、その出現・発展過程を学説史的・社会史的観点から検討してきた。前年度までに先行研究・関連研究を渉猟し、それらの批判的検討を行なったが、その一つの結果として、既存の研究が「物性論」という枠組みの持つ動的な側面を描き切れていないことが明らかとなった。この問題点を超えるため、本研究は、「物性論」という語がどのように用いられ、この語のもとにどのような研究が行われたのかを、各時点について検討する、という方針をとっている。本年度は特に出現期の枠組みについての学説的分析を深め、諸外国での展開と比較しながらその特徴を論じ、国際学会1件を含む2件の口頭発表を行なった。 本研究の仕上げに向けて、本年度は、これまで重点的に扱ってきた出現期だけでなく、その前後の展開についても、主として出版物の調査・分析から検討をはじめた。またこれと並行し、本研究を一つの科学史研究として適切に位置付けるため、広い視野での先行研究調査・分析を行っている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究計画段階では、本年度は主に一次資料の調査に注力する予定であったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により修正を余儀なくされた。しかし、すでに調査済みの資料の分析、出版論文・著作群の調査・分析、成果の発表を主とする方針に切り替え、一定の成果を挙げることができたため、おおむね順調に進捗していると考える。 具体的にはまず、久保亮五の初期研究過程についての、未発表研究手稿を用いたこれまでの分析成果を、国際学術雑誌『The European Physical Journal H: Historical Perspectives on Contemporary Physics』に掲載することができた。また「久保亮五資料」アーカイブ構築の経験をもとに、個人蔵科学者資料のアーカイブを取り巻く問題群についても論じ、科学技術社会論学会、および自然科学系アーカイブズ研究会で口頭発表を行なった。 「物性論」形成過程についての研究では、1件の資料調査のほか、主として出版物の分析から、出現・発展過程の検討を進めた。すでに前年度までに、「物性論」の名のもとに行われた学術的会合に着目し、発表内容、発表者の来歴等を精査することを通じて、出現期「物性論」が着目した問題群と講じた手法とを、その背景にあった分野間・学派間の関係と関連付けながら記述してきたが、本年度はさらに学説的分析を深め、諸外国における展開との比較を通じてこの枠組みの特徴を検討した。成果については、欧州科学史学会の国際会議や、日本物理学会で口頭発表を行なった。出現期(戦時期)以前や戦後の展開についても、出版論文・著作や制度資料の調査・分析を通じて検討をはじめ、「物性論」の変遷を長い時間幅で追跡し、ディシプリンとしての成立過程を考察している。
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Strategy for Future Research Activity |
「物性論」の形成と発展に関するこれまでの研究成果は、未だ口頭での発表に留まっているため、論文にまとめて学術雑誌に発表したい。このためには、史料探索・調査活動が欠かせない。未だ状況は予断を許さないが、可能な限りでこれらの活動を実施できるよう、調整を進めたい。 本研究の仕上げのためには、これまで中心的に検討してきた1940年代だけでなく、それ以前・以後の展開の分析も必要である。これらについてはすでに本年度、論文を含む出版物や制度資料の調査・分析を通じて検討をはじめているが、これと並行して史料探索・調査活動も織り込むことから、立体的な記述を目指したい。 またその上で、本研究の成果全体を一つの科学史研究として適切に提示するために、本研究がもつ意義、位置付けについての議論も深化させたい。この点ではこれまでも、前年度の在外研究の経験を通じて得られた視点を手がかりに先行研究を渉猟・分析しており、ディシプリン・フォーメーションとしての記述など幾つかの具体的な方針が得られているため、今後はこれらをさらに調査し、「物性論」の歴史記述に生かす。この作業は、本研究が持ち得る、日本の一事例研究に留まらない意義を検討するために、不可欠であると考えられる。 この観点からは、「物性論」と、これに近接すると考えられる物理化学、化学物理、固体物理学、凝縮系物理学、材料科学といった諸領域との比較も重要である。これらの領域についての歴史記述については、すでにある程度調査を進めてきたため、今後はそれらに基づく国際比較の作業を進め、「物性論」が持つとされてきた「固有性」、「独自性」を、具体的に、また批判的に検討したい。
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