2019 Fiscal Year Annual Research Report
ローマ属州ガリアにおける行政機構の研究:田園地帯の小規模共同体の行政研究を中心に
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19J22843
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
小川 潤 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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Keywords | 帝政ローマ / 地方統治・行政 / 西方属州 / 小規模共同体 / 碑文 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は属州ガリア・ナルボネンシス(現フランス南部)を主な対象として、田園部に存在した小規模共同体であるパグス及びウィクスが有した公職制度をはじめとする行政機構、並びにパトロネジを含む社会的紐帯についての研究に従事した。ローマ帝国の地方統治研究においては都市(キウィタス)の自治が重要視されるが、それよりさらに小さな単位の共同体について扱う研究は限定的である。しかし、これらの共同体が徴税や街道整備、さらには属州産業の発展といった面で主要な役割を果たしていたことを考えれば、これを統治構造の文脈に適切に位置づけることは不可欠である。 まず行政機構に関しては、マギステルやプラエフェクトゥスといったパグスの長とみなされる公職者の社会的地位や機能、および、彼らとパグスの住人paganiとの関係性に特に注目して分析を進めた。その結果、パグスの公職者を、都市公職者の単なる下僚とみなすことは必ずしも妥当ではなく、むしろ一個の自律的な共同体の代表者としての側面に注目すべきであるとの結論を得た。また、従来あまり注目されてこなかったパグスの公職者と住人との関係性に焦点を当てることで、パグスの共同体運営において住人、とくに共同体内の土地所有者層が重要な役割を果たしていた可能性を指摘した。 社会的紐帯に関しては、パグスやウィクスが都市(キウィタス)の枠を超え、属州総督や帝国中央にまで繋がるような幅広い紐帯を結ぶ意図を有していたことを明らかにし、こうした紐帯を活用して共同体の利益実現を図っていたとの結論を得た。 以上のような結論は、あくまで属州ガリア・ナルボネンシスに限った検討の結果ではあるが、ローマ帝国による地方統治を、都市よりもミクロな視点から再検討するという点で大きな意義を有する。また、今後進める他地域に関する研究と併せることで、ミクロな視点から地方統治構造の実態を明らかにする研究の礎となるものである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究実績概要で述べたように、先行研究の整理、碑文を中心とする史料の読解といった研究活動は概ね順調に進んでおり、修士論文でも扱ったガ属州ガリア・ナルボネンシスにおける小規模共同体の検討をさらに精緻に進めるとした研究計画にも沿っている。こうした研究活動の成果については、2019年11月の第117回史学会大会において報告を行った。また、2020年6月の日本西洋古典学会における報告が決定していたが、これは新型コロナ感染症のために延期となった。各種調査については、2020年1月末から2月初に、約3週間の日程でフランスにおける現地調査を行い、関連碑文の分析を行うことができた。 一方で、論文の形での成果発信は叶わなかった。本来であれば、2019年度中に修士論文をもとにした論文投稿を達成する計画であったが、これに関しては、修士論文で扱った内容を大幅に見直し、都市(キウィタス)行政とも絡めた形での検討を新たに進めたため、今なお執筆中である。とはいえ、内容自体の検討は概ね完了しているため、今後、可能な限り速やかな執筆および投稿を目指す。 以上のように、論文執筆に関しては若干の遅れがあるものの、分析そのものは遅滞なく進んでいるため、本研究はおおむね順調に進展していると結論付けた。なお研究計画全体に関して、当初は3年間を通してガリアのみを対象とする予定であったが、検討を進めるうちに、ガリアのみではなく、ヒスパニアやイタリアにおける小規模共同体の検討も含めて総合的な研究を行う必要性を感じるようになった。それゆえ、来年度はガリア北部に加えてヒスパニアの検討を進めようと考えている。ヒスパニアに関しては、今年度の段階ですでにいくつかの碑文の検討に着手しているため、スムーズに研究を進めることができると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
進捗状況の欄でも述べたように、来年度以降はガリア北部の検討に加えて、ヒスパニア、イタリアといった西方地域の分析を順次進めていく。まず来年度は、従来の計画通りガリア北部の検討を進めるのに加えて、ヒスパニアにおける小規模共同体の分析を行う。 ガリア北部に関しては史料的制約が大きいという問題はあるものの、ウィクスが比較的多数確認されるライン川流域地帯を中心に、考古学資料も活用しつつ分析を進める。ローマ統治が安定し、外敵の脅威も存在しなかった属州ガリア・ナルボネンシスとは異なる性格を見出せるはずである。一方、ヒスパニアに関しては、史料は比較的豊富である。とくに、灌漑水路整備に関わるパグスの公職者や住人の活動について言及した碑文、パグスが関わった土地紛争に言及する碑文など、情報量の比較的多い碑文が発見されている。それゆえ、これらの碑文についての先行研究整理、内容の検討を進め、今年度の成果とも結びつけつつ、学会報告や論文の形で成果を発表する。 今年度、来年度での属州を中心とする研究を踏まえて、最終年度にはイタリアのパグス・ウィクスについての研究を行う予定である。とはいえイタリアは、属州に比して史料数、先行研究ともに豊富であるから、来年度から準備を進めることになると思われる。 以上、研究対象地域を拡大したことで来年度以降の計画に変更が生じることにはなるが、田園部の小規模共同体を研究することでローマ地方統治の構造を再検討したいという問題設定は何ら変わっておらず、着実に研究を進めていきたい。
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