2020 Fiscal Year Annual Research Report
チンパンジー・ボノボの共感性:比較認知実験による多層的検討
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19J22889
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
佐藤 侑太郎 京都大学, 理学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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Keywords | チンパンジー / ボノボ / 視線計測 / 身体構造 / 音声コミュニケーション |
Outline of Annual Research Achievements |
当該年度は、視線計測装置を用いたチンパンジー・ボノボの社会認知能力の研究について、データ解析や論文執筆に取り組んだ。これらの成果をまとめた2本の論文を、現在、国際学術誌に投稿中である。まず、大型類人猿が他者の身体構造についてどのくらい理解しているかを調べた。生理的に可能な動作と不可能な動作を表すCGアニメーションを提示し、これらを見ているときの類人猿の視線を計測した。前年度に実施した実験の結果、一部の条件で類人猿が可能な動作と不可能な動作とを区別する可能性が示唆されたが、全体的には曖昧な結果であった。また、瞳孔径測定による情動反応の評価も試みたが、条件間で明瞭な差異はみられなかった。しかし、アーチファクトの影響が懸念されるため、今後のさらなる検討が必要である。これらの結果から、大型類人猿における身体構造の理解については明確な結論は導かれなかった。しかし、これらの成果は、CGアニメーションや瞳孔径計測を用いた今後の動物心理学研究に方法論的観点から示唆を与えると考えられる。 さらに、チンパンジーの音声コミュニケーションにおける視聴覚間での情報統合について調べた。画面の左右に異なる動画を並べて提示し、様々な音声プレイバックを聞かせたときのチンパンジーの視線を計測することで、チンパンジーが動画の内容と音声とを結びつけるかどうかを調べた。前年度に実施した実験の結果、チンパンジーが採餌声と果物の視覚情報とを結びつけるかどうかについては結論づけられなかったものの、チンパンジーが警戒声とヘビの視覚情報とを結びつけている可能性が示唆された。これらの成果は、類人猿の音声コミュニケーションを支える認知メカニズムを理解する上で重要である。また、類人猿を対象とした視線計測による感覚間選好注視実験は、例えば情動反応の研究など、今後の応用が期待される。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当該年度は、類人猿による他者の身体に関する理解を調べる研究や、チンパンジーの音声コミュニケーションに関する認知能力を調べる研究について、論文を投稿する段階まで至ることができた。引き続き、文献調査や改稿作業が必要ではあるが、次年度に受理されることが十分に見込まれる。 その一方で、瞳孔径測定による情動反応の評価については、課題が明らかになったものの、具体的な改善策を講じるまでには至らなかった。他者身体の理解を調べた視線計測実験では、ヒトを対象とした過去の研究を参考に、類人猿の瞳孔径を測定した。しかし、このデータをもとに、類人猿の情動反応について明確な結論を導くことは困難であった。第一に、ヒトとは違い、類人猿は視覚刺激を継続的に注視し続けることが少なく、たびたび画面の外を見てしまうことがある。画面の外は、画面上の視覚刺激と明るさ等の特徴が大きくことなることから、画面の外を見てしまうときには瞳孔径の大きさが変化してしまうことが予想される。第二に、使用した刺激は色や明るさの異なる複数の部分によって構成されていたことから、刺激のどの部分を見ているかによっても、瞳孔径の大きさが変化してしまう可能性がある。情動反応に伴う瞳孔径変化を検出するためには、このような情動変化とは無関係な瞳孔径変化を抑制ないし考慮する必要がある。 また、赤外線サーモグラフィの応用範囲を広げる試みについても、いまだ実現には至っていない。類人猿が行動課題を遂行しているときに、赤外線サーモグラフィを用いて皮膚温を測定することで、類人猿の情動反応を調べることを当初の目標とした。しかし、行動課題中の身体運動が、本来調べたい情動反応とは無関係に、皮膚温に影響してしまう可能性が考えられる。この問題点を解決できるような実験デザインやデータ解析を検討する必要がある。以上の点を鑑みて、上記の評価とした。
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Strategy for Future Research Activity |
まずは、現在取り組んでいる、2報の論文の投稿作業を終わらせることを目指す。このために、さらに詳細な文献調査をおこない、改稿を進める予定である。 加えて、瞳孔径測定や皮膚温測定による類人猿の情動研究をさらに進めるために、アーチファクトに対応した実験手法を考案する必要がある。このために、引き続き文献調査をおこなうとともに、可能であれば、同様の手法に精通した他の研究者に助言を仰ぎつつ、検討を重ねたい。実験手法を考案し次第、随時予備実験をおこない、方法の確立を目指す。 瞳孔径測定の手法を確立することで、例えば、類人猿の共感性についてさらに詳細な実験を実施できることが期待される。具体的には、他者が怪我をする場面を映した動画を類人猿に提示し、それを見ているときの類人猿の瞳孔径を測定することで、他者の怪我場面を見た類人猿が情動的に反応するかどうかを調べる手法を確立することで、行動観察だけではわからない、類人猿の微細な情動反応に迫りたい。動物の生理心理的反応を非接触的に評価することを目指すこれらのアプローチは、類人猿に限らず、今後の動物心理学研究にとって広く有益な知見をもたらすと考えられる。
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