2019 Fiscal Year Annual Research Report
トニ・モリソン作品における方法論的展開ーMissingを手掛かりとして
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19J23164
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
刑部 昂 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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Keywords | 二重意識 / ハーレム・ルネサンス / クロード・マッケイ / トニ・モリソン |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、アフリカ系アメリカ人の女性作家であるトニ・モリソンの諸作品を主たる研究対象として、そこから読み取れる他者との関係性に関する認識方法の特殊性と汎用性とについて考察していくことを目的としている。黒人であり、女性でもあるモリソンのテクストは、白人男性中心主義的ないわば「主流」とされるイデオロギーに留意しつつも、そうした立場からはしばしば差別的に扱われもする、人種的・性的に特殊な観点から描かれていると考えられる。白人男性的な眼差しと、そこから見落とされる黒人的・女性的な他者としての眼差しとの相反する二つの認識を併せ持つことで、モリソンが特殊でありながら普遍的でもある認識を提示しているというのが本研究における仮説である。本年度の研究は、モリソンのそうした側面を掘り下げる上で不可欠と思われる、アフリカ系アメリカ人のアイデンティティ論の礎を築いたW. E. B. デュボイスによって提唱された「二重意識」を行った。具体的な研究内容としては、アメリカにおける黒人が、白人からの人種差別的な眼差しを内面化してしまうことで生じる二重意識というものの成り立ちを先行研究を通して精査していくことを行った。その結果、二重意識というものが、ヘーゲルやラルフ・ウォールド・エマソン、ウィリアム・ジェイムズなどによる、欧米における近代的自我の自己疎外を扱った議論の影響を色濃く受けていることが判明した。続いてこの知見をもとに、ジャマイカ出身でハーレム・ルネサンスを代表する詩人クロード・マッケイの詩作品を分析した。カリブ海出身で、アメリカを中心に、ロシアや欧米諸国、モロッコなどを渡り歩いたマッケイの詩を様々な立場が織り交ぜられたテクストとして捉えることで、モリソンにおける多様性を理解する端緒とするためである。この研究成果は既に論文の形に仕上げており、2020年度に所属する研究室発行の機関誌に掲載予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、トニ・モリソンの諸作品を白人文学と黒人文学との結節点として捉えることで、しばしば別個に扱われる両文学ジャンルを統合的に論じる可能性を探求するものである。本年度は、そうした目的の基礎と考えられるモリソン作品に通底している二重意識の理論的な点検を行い、それを手掛かりとしてクロード・マッケイの詩を実際に論じた。これは、モリソン作品における黒人文学的な伝統と特異性とを理解するための土台づくりであり、本研究の目的に向かっておおむね順調に進展したと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、よりモリソンと年代の近い黒人作家であるジェイムズ・ボールドウィンやラルフ・エリソンの諸作品について、二重意識がどのように発展していったかをモリソンと比較しながら分析していく予定である。とりわけモリソン自身が編纂しているボールドウィン著ライブラリー・オブ・アメリカ版のCollected Essaysは、両作家の思想的な親和性と差異を知るうえで重要な資料であると考えている。また、アーロン・オフォーリ著James Baldwin, Toni Morrison, and the Rhetorics of Black Male Subjectivityなど、両作家を比較する研究は近年盛んに行われており、そうした先行研究を収集、分析していく。次年度には、モリソンへの強い影響が語られてきたウィリアム・フォークナーや、モリソンがしばしばエッセイにおいて言及してもいるフラナリー・オコナーの著作の分析を行う予定である。フォークナーとオコナーの著作にしばしば描かれる人種問題を扱った先行研究を参照しながら、モリソン作品と比較することで、白人文学と黒人文学との接続を図りたい。同じく次年度には、これらの研究を統合していく予定だが、それまでに適宜研究結果を学内誌『ストラータ』あるいは他の学会誌等に発表していく。
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