2019 Fiscal Year Annual Research Report
認知の歪みを定量化する:心理変数を含む状態空間モデルによるアノマリー採餌の解析
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19J40208
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Research Institution | The Institute of Statistical Mathematics |
Principal Investigator |
川森 愛 統計数理研究所, データ科学研究系, 特別研究員(RPD)
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Project Period (FY) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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Keywords | 最適採餌理論 / 意思決定統計モデル / 状態空間モデル |
Outline of Annual Research Achievements |
[生態学的理論による予測を,個体レベルの意思決定に結びつける確率モデルを構築] 採餌に関する生態学的数理モデルである限界値定理(Charnov 1964)では,餌がパッチ状に分布し,パッチ内では探索時間とともに累積収量が逓減していくという状況において,いつパッチを離脱するべきかを明らかにした.利潤率(収量/時間)の最大化を目的とした時,最適離脱点は逓減曲線の接点にあるとされる.今年度の研究は,北海道大学松島研究室で行われたヒヨコの行動実験データを解析した.限界値定理を厳密に再現したこの実験では,理論予測より定常的に長い滞在時間が観測された.この結果に対し,現状の利潤率を算出し,下がり始めたら離脱する,とした行動モデルを作成した.このモデルにより,理論からの定常的ずれを説明することができた.このことから,ヒヨコは理論が仮定する利潤率最大化の行動を取らないわけではなく,利用できる餌場の情報に限りがあるということが示唆された.本成果は,生態学的により現実的なモデルを想定しているという点だけでなく,脳科学的/認知科学的な次の疑問,動物がどのように利潤率を測るのか,餌場の情報をどのように利用するのか,といった問題を提起するという点で,意義ある結果を導けたと考える. [新たな行動傾向の発見] 古典的行動生態学では,「最後の餌を見つけてから諦めるまでの時間(Giving Up Time; GUT)」によって離脱タイミングが決定する仮説が検証されてきた.上述の行動実験についてもGUTの分布を調べると,次の餌の供給予定時刻に近づくほど離脱が起こりやすいことが明らかになった.採餌効率だけを考えるならば,餌も食べず待つだけの時間は不合理である.このような行動傾向はこれまで報告されたことはなく,現状では生物学的意味が曖昧である.今後,行動実験などを追加したのち,学術誌に発表する予定である.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の研究計画では,1年目に単独個体での採餌行動を解析するための採餌の基本モデルを作成し,2年目は採餌に社会的状況が追加された時のモデル変化を検証する予定であった.ここまでで,採餌の基本モデルはほとんど完成した.学術論文としての発表がまだできていないという点では計画より遅れているが,研究自体の進行としては順調であると言える.
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Strategy for Future Research Activity |
今後は,当初の計画通り複数個体による社会的採餌行動の解析を行う.北海道大学との協力により実験データを得て,1年目に作成した行動モデルからの変化を検証する.これまでの研究から,ヒヨコは複数個体での社会的採餌状況において,行動が高度にシンクロナイズすることがわかっている.これが,他者の情報を利用するための集合知としての合理的行動なのか,単に生理的要因から起こる社会的促進なのか,両者の行動モデルを作成し,どちらが適合するか判断する. また,1年目に発見した新たな行動傾向については,現在のところ以下の二つの可能性があることを考えている. 1.認知の歪みが生じている-不合理な行動として知られる一例に,コンコルドの誤謬と呼ばれるヒト社会の逸話がある.新型旅客機に対し過去に行った巨額な投資ゆえに撤退時期を逃し,経済的損失が明らかになった後でもなかなか運行を中止できなかった事例である.投資(滞在)をするほど離脱時期を逃して無駄な滞在をしてしまうのであれば,本研究はコンコルドの誤謬と共通した認知的背景があるとも考えられる.コンコルドのモデル実験としてその認知背景を明らかにすることができるかもしれない. 2.隠れた採餌競争に晒されている-ヒヨコは捕食圧が非常に強いことから,常に群れで採餌する動物であり,餌の探索よりも群れに帯同する方が行動として優先度が高い.本研究は単独での採餌行動を調べてはいるが,そのような動物であるがゆえに,ヒヨコは競争採餌を前提とした採餌行動をしているのかもしれない.単独採餌では不合理に見えても,集団採餌を考慮した場合有利な行動である可能性がある. これら二つの可能性を考慮した上で,追加の行動実験を組み,その行動の生物学的意義を検証する.
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