2019 Fiscal Year Research-status Report
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19K00007
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Research Institution | Hiroshima University |
Principal Investigator |
後藤 弘志 広島大学, 文学研究科, 教授 (90351931)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 人格 / 西洋学術用語の翻訳 / 漢訳洋書 / 英華字典 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究計画初年度は次の二つの課題を予定していた。①「人格」という訳語の確定に至るまでの間に、Person、Character、Dignityという一連の概念に「人品」・「品格/品性」・「品位」という、人格の《個性》的側面を示す類似の訳語が当てられたことを確認する。②Person概念受容における形式主義・普遍主義と歴史主義・特殊主義という対立軸の内、後者を日本の近代化期における個人と国家の関係理解の共通特徴として規定した上で、《本務/本分/職分》概念に着目して、人格概念受容の徳倫理学的背景を解明する。 このうち、①の第一歩として、近世末から近代初頭に中国で出版され、明治期日本の西洋学術用語の翻訳過程に影響したとされる主要な英華字典5点における人格関連訳語を系統的に調査した。その結果、儒教的(徳倫理学的)図式への読み換えが濃厚に読み取れる一方で、プロテスタント宣教師の手による編集にもかかわらず、「一位人」「身」「位」「一個人」「一位」「一身」といった訳語からはPerson概念の神学的含意がうかがえないこと、新造語〈人格〉はもちろん、日本におけるその他の訳語例がまったく見い出せないことを突き止め、「英華字典に見る人格関連訳語」(『ぷらくしす』21号, pp. 73-89)としてまとめた。 また、Person概念が戦争責任論および戦後責任論において果たした役割について考察し、「語用論的戦争責任論:加害と被害の重層性の観点から」(第27回広島大学応用倫理学プロジェクト研究センター例会、2020.2.29)と題して発表した。これは関係主義的・徳倫理学的受容の解明という全体計画のアウトプットとして想定される課題を予示したものである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
研究計画が遅れた理由は次の三つである。
1.井上哲次郎の『哲学字彙』などに代表される、近代初頭の日本における西洋学術用語の受容と翻訳過程に、先行する中国の漢訳洋書が果たした影響を見逃せないことから、当初は大きな比重を占めていなかった中国における漢訳洋書出版第二期(プロテスタントの最初の宣教師ロバート・モリソンが中国に上陸した1807年から19世紀末まで。第一期は16世紀後半から19世紀初頭までで、マテオ・リッチを始めとするカトリック系伝道者たちの手による出版)にあたるモリソン、メドハースト、ロプシャイトらプロテスタント宣教師による主要英華字典5点に焦点を当て、そこに登場する人格関連訳語の調査と取り組むという予備研究に注力したこと。 2.令和2年度の研究計画の一部を前倒しして、T. H. グリーンの関係主義的人格思想の導入・普及後の、明治30年代後半から大正期にかけての人格概念を巡る動向調査、とりわけ朝永三十郎における人格概念の射程をその背景にある英米の経験的人格的唯心論およびドイツ新カント派の文化主義と関連付ける研究と取り組んだこと。 ※共編著M. Quante, H. Goto他, Der Begriff der Person in systematischer wie historischer Perspektive : Ein deutsch-japanischer Dialog (Mentis Verlag, 2020.4.6) 3.令和2年度に再編・発足した広島大学大学院人間社会科学研究科(人文社会系全研究科を統合)の設立準備委員会に、学務担当ワーキンググループ副座長として加わったため、移行のための管理業務が激増し、研究業務を圧迫したこと。
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Strategy for Future Research Activity |
〈人格〉という訳語の選定および定着の歴史的源流は、日本国内で言えば蘭学とそれに続く洋学時代の翻訳書および辞書類の編纂に、中国では、漢訳洋書出版第二期に属する漢訳洋書および諸種の英華・華英字典の出版に求めることができる。この二つの源流が日本で合流し、その後、その他の和製学術漢語とともに中国に逆輸入されることになる。 このうち、令和2年度においては、漢訳洋書出版第二期に属する書物の大半が自然科学分野のものである中、唯一といってよい例外をなし、東アジアの国際法受容に多大な影響を与えたアメリカ人宣教師W. マーティン訳『万国公法』(Henry Wheaton, Elements of International Law, 1836)の訳語調査を行う。国際法においては個的人格の意味でのPerson概念が主題ではないが、訳語「権利」「義務」の定着に大きく寄与した本訳書における個的人格への言及を渉猟する。とくに「義務」概念は、「本分」という儒教的・徳倫理学概念への読み替えという観点からも重要となる。また、国家人格の特徴づけも個的人格と重なるところが大きく、重要な情報源となり得る。何より、訳者マーティンが『万国公法』漢訳に、キリスト教精神の教化という意図を込めていたことから、英華字典の調査では突き止められなかったPerson概念の神学的含意を探る。 これに続いて、日本における蘭和・英和辞典類に登場する人格関連訳語の調査を行い、『哲学字彙』等における訳語を考察するための予備研究を完了する。 以上の予備作業を行ったうえで、漢訳洋書の訳語を踏襲しなかった日本における訳語例の典拠を調査し、本分など人格関連訳語も勘案して、そこに込められた意図に可能な限り肉薄する。残る課題②については、一部前倒しして行った令和2年度の計画と連動させて実施し、最終的に令和3年度内の計画完遂に努める。
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Research Products
(2 results)