2020 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
19K00007
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Research Institution | Hiroshima University |
Principal Investigator |
後藤 弘志 広島大学, 人間社会科学研究科(文), 教授 (90351931)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 人格 / 西洋学術用語の翻訳 / 漢訳洋書 / 万国公法 |
Outline of Annual Research Achievements |
令和2年度の研究計画は次の三つの柱からなる。 ①前年度に調査した英華字典類との連続と不連続の観点から、アメリカ人宣教師W. マーティン訳『万国公法』(Henry Wheaton, Elements of International Law, 1836)におけるPersonの訳語調査を行う。 ②日本における蘭和・英和辞典類に登場する人格関連訳語の調査を行う。 ③漢訳洋書・漢訳『万国公法』の訳語を踏襲しなかった明治大正期の日本における訳語例を渉猟し、本分など関連訳語も勘案して、そこに込められた意図に可能な限り肉薄する。 このうち、年度内に達成できたのは①のみである。具体的には、W. マーティン訳『万国公法』、和刻本『万国公法』6冊(1865)、漢訳に依拠した和訳『万国公法訳義』(堤殻士訳、1868)、原書からの全訳『恵頓氏万国公法始戦論』(大築拙蔵訳、1875)における訳例を分類・比較した。その結果、「身」「身家」などに、英華字典における訳例との連続性を確認できた。他方、原書の用例のほとんどが個的人格に関するものであり、その神学的含意を確認できなかった。また、国際法の主体である国家人格に言及した箇所は訳出されておらず、訳者たちがPerson概念のふくらみをどこまで正確に把握できていたのかは突き止められなかった。 開国して10年しか経過していない時期に日本では優秀な洋学知識を有する学者集団が形成され、英華字典や漢訳『万国公法』には登場しない新漢語によって学術用語の翻訳導入が盛んにおこなわれた。しかしながら、Personに限るならば、この時期の日本においてもその道のりはまだはるかに遠いこと、そして、国際法関連文献において「国家人格」という訳語が登場するのは、Personの訳語が「人格」に収斂していく1892~1894年以後であることをあらためて確認できた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
研究計画が遅れた主な理由は次の二つである。 1.井上哲次郎の『哲学字彙』などに代表される、近代初頭の日本における西洋学術用語の受容と翻訳過程に、先行する中国の漢訳洋書出版が果たした影響を見逃せないことから、当初は大きな比重を占めていなかった中国における漢訳洋書出版第二期(プロテスタントの最初の宣教師ロバート・モリソンが中国に上陸した1807年から19世紀末まで。第一期は16世紀後半から19世紀初頭までで、マテオ・リッチを始めとするカトリック系伝道者たちの手による出版)にあたる英華字典5点に登場する人格関連訳語の調査を行った令和元年度の研究に続いて、令和二年度においては、第三期の出版物の中から、人文社会科学系の数少ない専門書であり、また日本へ大きな影響を及ぼしたとされる漢訳『万国公法』における500件を越えるPersonの訳語例を調査したが、各種翻訳書の比較作業に想定以上に時間を要したこと。 2.令和2年度に再編・発足した広島大学大学院人間社会科学研究科(人文社会系6研究科を統合)において副研究科長として運営業務に携わり、なかでも新型コロナ感染症拡大の直接的影響を被る業務部門の責任者として対応に追われ、研究業務が圧迫されたこと。
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Strategy for Future Research Activity |
令和三年度においては、前年度の研究計画のうち、②の蘭語・英語辞典研究を省略し、③に注力して、その延長上に計画全体の完遂に可能な限り努める。 まず、訳語確定時期に至るまでのPerson概念について、その語源(仮面)と関連の深い「役割」概念に着目して、人間一般の役割という形式主義的・普遍主義的立場(カント)と、歴史社会的文脈において具体化された役割という歴史主義的・特殊主義的立場(ヘーゲル、グリーン)という対立軸を設定し、後者を日本の近代化期における個人と国家の関係理解の共通特徴として規定する。さらに、井上・中島ら国民道徳論者や国体論者のみならず、リベラルな思想家たちにも広く共有された《本務/本分/職分》概念に着目して、人格概念受容の徳倫理学的背景を解明する。その際、前年度に取り組んだホイートン系国際法とは別の系統に属する西周助訳『畢洒林氏万国公法』(1868)や、津田真道訳『泰西国法論』(1868)等の中に、権利・義務概念の相互基礎づけと意図的すり替えによる両概念の疑似身分制的取り込みの現場を突き止める。 次に、この第一列の特徴づけを踏まえて、第二列における思想展開に焦点を当て、明治30年代後半から大正期の代表的人格論者である朝永三十郎、紀平正美、阿部次郎、渡邉徹の思想を、彼らの人格論が依拠したとされるヴィンデルバント、ヘーゲル、リップス、ロッツェ、シュテルンらとの異同にも目配りしながら、【原子論⇔関係主義】という尺度の上に位置づける。このうちヴィンデルバントの影響下で独自の人格主義(個性主義)を主唱した朝永三十郎については令和元年度に先行して取り組んだ。そこで令和三年度は、残る思想家たちの立ち位置の確認に急ぎ努め、この作業を通して、個人と国家の関係理解に関する第一期と第二期の異同を定式化するための理論的範型を見出す。
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Causes of Carryover |
資料調査を目的とした国内旅行、国際的共同研究の遂行を目的とした海外旅行が、いずれも新型コロナウィルス感染症拡大の影響を受け、実施できなかったのが最大の理由である。 状況は今年度も好転する見込みが薄く、昨年度の残額に、今年度旅費(とくに海外)及び人件費・謝金として計上している予算の一部を加えて、オンラインでの国際共同研究、さらには、その成果を発表する機会として、11月下旬から12月上旬に計画しているドイツ・ミュンスター大学とのオンライン国際シンポジウムの大会運営費、ならびに、シンポジウム講演集の編集・刊行に当てる。
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Research Products
(2 results)