2021 Fiscal Year Research-status Report
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19K00010
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Research Institution | Kagoshima University |
Principal Investigator |
新名 隆志 鹿児島大学, 法文教育学域教育学系, 准教授 (30336078)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | ニーチェ / 遊戯 / ゲーム / 人生の意味 / 生の肯定 / 死の自己決定権 / 安楽死 |
Outline of Annual Research Achievements |
2021年度は,2020年度におこなった本研究課題に関連する2つのシンポジウム提題の論文化を主な目標とし,それを実現した。論文は以下の二つである。 (1)新名隆志(2021)「人生の意味に関するゲーム節の提唱」『哲学論文集』57,49-75。 (2)新名隆志(2021)「苦しみの価値転換によるニーチェの生肯定」『ショーペンハウアー研究』26,21-41。 (1)は,ニーチェが理想とした「遊戯」の境地についての研究代表者の解釈に基づき,人生の意味についての近年の分析哲学的議論に新しい視座を切り開くものである。本論文は,ニーチェ思想にヒントを得たシュリックの人生の意味論の着想の意義を改めて強調し,現代心理学で注目される「フロー」概念や,フローや遊戯の概念と関連する「ゲーム」概念に関わる近年の研究成果を援用し,人生の意味のゲーム説を提唱した。そして,この説には,現代の哲学的な人生の意味論における主観説や客観説の基本的枠組みを超える着想があり,これら従来の所説の難点を克服する長所があることを示した。(2)は,ニーチェの生肯定思想の本質的特徴が,活動それ自体に喜びを見出すというまさに遊戯的なあり方において快と苦を相即的に捉えることにより,苦しみとしての世界を,快を可能にする世界として肯定する点にあることを示した。そのうえで,このニーチェ的生肯定に対して生じうるいくつかの疑問に答えることを通して,その生肯定の理想に導かれた生き方の魅力を示すことを試みた。 以上の2編の論文の他に,2021年度は,論文(2)で示したニーチェの自死肯定論の解釈をベースに,安楽死としての死の自己決定を擁護しうる考え方を提示する研究発表を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の基本的な目的は,ニーチェの重要概念としてよく知られながら,その重要性や意義についての理解がほとんど進展していない「遊戯」の概念を理解し,永遠回帰・力への意志・生の肯定といったニーチェの中心的な思想におけるこの概念の重要性を明らかにすること,そして,この概念からニーチェの道徳論もとらえ返すこと,さらにはその道徳論解釈に基づいて虚構主義というメタ倫理学的立場について新しい視座を得ることである。 2021年度に著した論文「苦しみの価値転換によるニーチェの生肯定」では,活動それ自体を目的とするという遊戯的なあり方において可能になるニーチェの生肯定を明確化することができた。これは,本研究の申請書で掲げた6つの仮説の内の最初の3つの論証に関わるものである。また2021年度のもう一つの論文「人生の意味に関するゲーム説の提唱」では,遊戯を肯定的に見るニーチェの思想が現代の分析哲学的な人生の意味論にもたらしうる意義を明らかにした。ニーチェ的遊戯思想の人生の意味論への応用可能性は,本研究の申請書作成時には明確にできていなかったが,本研究への取り組みを通して得られた新しいアイデアである。 さらに2021年度は,遊戯概念をその核心にもつニーチェの生肯定思想が含む自死論に着目し,それを生命倫理学における安楽死の議論と連関させる議論を発表した。これもまた,本研究への取り組みによって得られたアイデアであり,今後の展開が期待できるものである。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は,2019年の論文で力への意志思想と遊戯概念との関係を明らかにした。また2020年の二つのシンポジウム発表と2021年におけるその論文化,また2021年の研究発表において,ニーチェの価値転換による生肯定と遊戯概念の結びつきを示唆するとともに,彼の遊戯の思想が人生の意味論や安楽死の議論にもたらしうる意義を論じた。これらは,本研究の申請書で掲げた6つの仮説の内の特に①,②,③の論証に関わる議論と,申請時には明確ではなかったアイデアを展開した議論を含んでいる。 このように,ニーチェ思想における「遊戯」概念の重要性とその現代的意義について,この数年で着実な研究成果を上げることができた。しかし,本研究の主たる目的は,「遊戯」概念に着目することによって特にニーチェの道徳思想の特徴と現代的な意義を明らかにすることにある。それゆえ今後は,これまでの研究成果を踏まえ,道徳に関するニーチェの思想の解釈に研究の焦点を移していきたい。本研究が掲げた6つの仮説で言えば,特に④,⑤,⑥の論証に関わる研究となる。 2022年度は,『道徳の系譜』をはじめとする道徳論に関わるテキストの読解に改めて取り組み,遊戯概念をその核心にもつニーチェの生肯定思想が,彼の道徳批判とどう関係しているのかを明らかにしたい。申請者がこれまでの研究成果で示してきた解釈では,生肯定の核心にある遊戯概念は力への意志というあり方において体現される。そして力への意志は,道徳批判が依拠する基本的な観点である。それゆえ,力への意志に依拠した道徳批判は,遊戯というあり方からの道徳の捉え返しを意味すると推測できる。ニーチェによる道徳批判の意義と道徳の捉え返しを遊戯概念に定位してより明確化できるという見込みのもとで,新しいニーチェ解釈を提示したい。
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Causes of Carryover |
2021年度は,コロナ禍により,参加を予定してた学会大会,研究会がすべてオンライン等の遠隔開催となったため,予定していた旅費は使用しなかった。その分は主に必要書籍の前倒し購入に充てたが,より計画的で適切な助成金使用のために106,650円は次年度に繰り越すこととした。2022年度は,対面実施の学会,研究会には精力的に参加し,次年度使用額分をその費用に充てたい。
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