2020 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
19K00031
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Research Institution | Nagoya Institute of Technology |
Principal Investigator |
藤本 温 名古屋工業大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (80332097)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 正義 / 法 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、「正義」理解の多様性をめぐって、その原因のひとつを西洋12-13世紀における大学成立の時期に、すなわち、神学部と法学部の形成の時期にさかのぼり、両学部での「正義」とその関連語の扱い方と傾向を検討して、その歴史的な位置づけを試みる。古代から現代にいたる正義論をも随時参照して、「正義」理解の多様性の問題に対して歴史的に、そして概念分析的にアプローチする。 2020年度は、研究計画に記載した項目のうち、(1)西洋中世の神学者と法学者はお互いの仕事をどのように評価して利用していたのか、また相互に批判していたのかを調査した。すなわち、神学者の側から法学者の立場や法理解についていかなる言及がなされているか、また法学者の側から神学者の立場や法理解についてどのような言及がなされているのかを調査した。 また、(2)「正義」、「社会正義」、「公正」といった日本語の曖昧さから生じる正義論の問題を考察した。「正義」という日本語と、iustitiaやjusticeというラテン語や英語との対応に着目して、「翻訳」論に関する知見を取り入れて研究を進めた。また、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』がギリシア語からラテン語に翻訳される際に生じた「正義」理解の微妙な揺れや変化があり得ることを、ロバート・グロステストによるラテン語訳の検討を中心に調査した。 『中世哲学研究』第39号において、トマス・アクィナスの正義論と現代の人権概念の関わりを扱う国外の論文の紹介を行なったことで、アクィナスの正義論ないしjus(right)の理解が、現代の人権概念のルーツであるか否かという議論についての知見を得ることができた。また、2020年度の研究に基づく新たな展望ないし課題として、大学が成立した西洋中世における自由学芸の学びの状況と、法や正義や徳の関わりについても研究が必要になることが判明した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究計画に記載した課題のなかで、法学者ウルピアヌスによる自然法の定義(「自然法とは、自然がすべての動物に教えたものである」)について、またもうひとつの課題であったius, lex, iustitiaといった正義論に関わる基本用語の相互関係の整理について、アルベルトゥス・マグヌスやトマス・アクィナスといった13世紀の神学者によるそれら解釈のほかに、当時の法学者たちの解釈をも視野に入れた論考「西洋13世紀の正義論―iusとlexから考える―」(山口雅広、藤本温編著)『西洋中世の正義論―哲学史的意味と現代的意義―』(晃洋書房、2020年5月)を公にできた。 2020年度は他に、トマス・アクィナスの正義論と現代の人権概念の関わりを扱う国外の論文を『中世哲学研究』第39号において紹介することにより、アクィナスの正義論ないしjus(right)の理解が、現代の「人権」概念のルーツであるか否かという議論についての知見を得ることができた。それにより、アクィナスの正義論を現代の問題との関わりでとりあげる際の一つの論点を確認するとともに、jus(right)について他の中世の思想家たちの見解とアクィナスとの比較研究も今後も続けていく必要性を再確認できた。 新たな展望ないし課題として、大学が成立した西洋中世において自由学芸の教師であった法学者もいたので、自由学芸の西洋中世における展開についての研究、とくに修辞学や弁証論についての研究の必要性と、自由学芸と法や正義や徳との関わりについても研究が必要であるという課題を今年度に行った研究から得ることができた。 以上から、本研究は「おおむね順調に進展している」と判断する。
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Strategy for Future Research Activity |
申請書に記載した研究実施予定の項目の中で、2021年度は、「正義とは自らのiusを各人に配する絶えざる永続的な意志である」というウルピアヌスの定義について研究を行う。この定義は、法学者による正義の定義でおそらく最もよく知られているものであり、今日の医療倫理における正義原則にもその影響力を見ることができる。この定義に関して、(1)アリストテレスの正義論(配分的正義)との関わりや、プラトンやストア派の思想との関わりを明らかにすることをめざすが、まずは、ウルピアヌスの定義の源泉ないし由来に関して先行研究を十分に消化する。次に(2)、この「正義とは自らのiusを各人に配する絶えざる永続的な意志である」というウルピアヌスの定義について、主に13世紀における神学者(哲学者)と法学者による解釈の調査を行い、それぞれの傾向を確認して、差異の有無を明らかにすることをめざす。その際、「誠実に生きること」、「他人を害さないこと」、「各人に各人のものを分配すること」という、ウルピアヌスによるiusの基本的な三つの規則、およびその解釈にも着目する。当時知られるようになったアリストテレスの『ニコマコス倫理学』における新たな哲学的概念が、どの程度ウルピアヌスによる正義の定義についての神学者や法学者の解釈に影響があったのかについても注視しながら研究を進める。 さらに、昨年度に行った研究から、本研究を遂行するためには、西洋12-13世紀における自由学芸について、そして自由学芸と法や正義や徳との関わりをも研究する必要性があることも判明したことを受けて、本年度は当時の自由学芸関係の実態調査を、とくに修辞学や弁証論についての研究の状況と、法学者や神学者によるその利用法、また自由学芸と法や正義や徳との関わりについても研究も行うことにする。
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