2021 Fiscal Year Research-status Report
Women's Self-Discovery in Late Antiquity
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19K00096
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Research Institution | Nara University |
Principal Investigator |
足立 広明 奈良大学, 文学部, 教授 (30412141)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 女性 / エージェンシー / 公的地位 / ジェンダー / 神の前の個人 / 古代末期 / 変容 |
Outline of Annual Research Achievements |
昨年度は、オンライン上で国内の全国学会で2度、国際学会で1度研究発表を行った。そのうち、日本西洋古典学会発表の「ウンミディア・クァドラティッラの仲間たち」(副題省略以下同様)は加筆修正して『奈良大学大学院研究年報』第27号に掲載した。内容は女性たちがローマ帝政期の属州都市において一定の公的地位を有していたことを碑文史料から確認し、それが都市共同体の弛緩に伴って神の前の個人としての女性が現れる背景となったことを外典テクラ伝承などから明らかにしたものである。 この見通しの上に、国際学会Pacific Partnership in Late AntiquityではFrom Thecla to Eudocia、第19回日本ビザンツ学会でも「テクラからエウドキアへ」と題して研究発表を行った。これは上述テクラを模範とする皇妃エウドキアの作品『殉教者キュプリアノス伝』を読み解き、「異」教からキリスト教信仰に向かう女性の内面の変化を当該女性自身の書き残した史料から明らかにしようとするもので、現在その論文化と他の古代末期女性たちへの応用が可能か検討している。 また、昨年度は本研究課題の起点となる2019年国際教父学会で発表したテクラ崇敬に関する論文“I Baptize Myself in the Name of Jesus Christ- Female Apostle Thecla and her Self-Decision in front of Jesus”が査読の上専門誌Studia Patristica CXXIVに掲載された。昨年度は、ほかに科研B「東方ギリシア教父と女性」分担者として宮本久雄編『古代キリスト教の女性』の一章に申請者のこれまでのテクラ研究をまとめて上梓した(「神と向き合う私」)。さらに科研B「東アジアの古代末期」研究協力者として西洋古代末期研究の視点を紹介した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
一昨年においては、コロナ禍のため授業と学生サポートに大幅な時間を割かざるを得ず、海外の学会も延期となって、十分な研究態勢を取ることができなかった。しかし、昨年度は大幅に巻き返し、単年度としては予想以上に成果を上げることができ、期間全体としてもおおむね順調に進展していると言えるところまで回復できた。 一昨年度においては研究時間は十分でなかったが、ローマ属州社会における女性の公的地位の変容を検証するための基本史料であるローマ碑文選集など基礎的な史料と研究書を集めることができた。これに基づいて昨年度は上述のように学会大会発表とそれを発展させた論文を公刊した。この研究発表および論文の内容は、使徒テクラを模範として古代末期の女性が神の前に立つ個人としての自己に気づく過程を示唆したものであり、年度末の国際学会および国内学会では皇妃エウドキアの作品世界にその具体事例を見出して検証しようとするものであった。 テクラもエウドキアも、いずれも故郷の都市と家族を捨て、キリスト教の信仰を通じて自己を確立する人生をたどった。前者は外典伝承の主人公であるが、それを生きる模範とした後者は実在の古代末期の女性である。アテナイの「異」教哲学者の娘として生まれ、コンスタンティノープルで洗礼を受けてキリスト教帝国の皇妃となり、やがて宮廷から追放されてイェルサレムで巡礼・修道者として没したエウドキアは、その作品世界のなかで理想化されたテクラである少女ユースタとともに、彼女に感化されて「異」教徒からキリスト教へと迷いを持ちつつ改宗するキュプリアノスを登場させている。このキュプリアノスに現実を生きるエウドキアの心情が描きこまれているというのが申請者の考えであるが、おそらく類似した事例は古代末期のほかの女性たちにも多く見出せるのではないか。この展望を得たことが最大の収穫であり、今後の研究の広がりにつなげていきたい。
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Strategy for Future Research Activity |
上述のように、テクラを生きる模範とする古代末期女性について研究を進める。最初に昨年度末に学会発表した皇妃エウドキアの『殉教者キュプリアノス伝』に関する研究を論文化する。彼女は女性詩人サッフォーより残存量で三倍も多い史料を残し、なおかつ「異」教からキリスト教に社会全体が移行していく古代末期を体現する人生を皇妃として生きていたにもかかわらず、これまでほとんどその内面世界を見ようとする研究がなかった。ようやく2020年にBrian Sowers の研究が現れたが、その立論は上記史料中の理想化されたテクラである少女ユースタにエウドキアのエージェンシー(主体)を見るにとどまるものであった。理想のユースタを目指して苦悩しつつ進むキュプリアノスに現実のエウドキアのライフコースを読み込むのは申請者が最初であり、この見通しをさらに国内外に研究発表、論文の形で公にしていく。 また、テクラを生きる模範とするのはエウドキアだけではない。教父ヨハネス=クリュソストモスと親交のあった女性、コンスタンティノープルのオリュンピアス、同じく教父ニュッサのグレゴリオスの姉マクリナ、テクラの聖地を詣でた巡礼エゲリアなど多数あり、またエウドキアが感化された女性聖人小メラニアなど、同時代の独身修道女性たちのすべてが検討・比較対象となりうる。テクラ崇敬とその伝承の継承過程を史料的に検証することを中心としながら、古代末期のキリスト教と女性の関係についてさらに研究を広げ、著書として研究成果としてまとめていきたい。
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Causes of Carryover |
コロナ禍で海外渡航旅費を用いることができず、図書および史料購入費に当てたが、次年度使用に回さざるを得なくなった。計画としては、ローマ碑文史料を購入の予定である。 同史料は、キリスト教に先行する、あるいは同時代のローマ世界における女性の地方属州社会における公的な社会的地位を確証させる多くの証拠を碑文で収録している。
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