2019 Fiscal Year Research-status Report
ギリシア教父の『雅歌』解釈における欲求・身体・自己論の変容史研究
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19K00115
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Research Institution | Chuo University |
Principal Investigator |
土橋 茂樹 中央大学, 文学部, 教授 (80207399)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 『雅歌』 / オリゲネス / ニュッサのグレゴリオス / プラトン / 自己への配慮 / 身体の使用 / 愛 / 欲求 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、旧約聖書の中で男女の恋愛を歌った異色の書『雅歌』を神との神秘的合一への道行きの書として高く評価するオリゲネス出自の解釈伝統が、いかなる神学的、哲学的影響の下にどのような変容を被ったかを、古代末期の哲学諸学派とギリシア教父双方の文献において、自己への配慮、欲求の訓練、身体の使用という観点から検証・考察することを目的とする。研究初年度にあたる2019年度は以下の3種の研究活動を行った。 ①『雅歌』における愛の交流と肉的欲求の表層表現が、「神との合一」をテクスト深層において寓意的に表示するというオリゲネスの『雅歌』理解を、文脈ごとに具体的に検証しリストアップしていった。そのリストをグレゴリオスの『雅歌』解釈と逐一対照させることで後者の解釈に固有な論点を具体的に明示することを試みた。この考察結果が後続する諸研究の基礎資料となる予定である。 ②グレゴリオスの修徳主義(asceticism)における愛と欲求の位置付けを再検討すべく、彼の『純潔論』『人間創造論』を最新の当該2次文献と併読し、従来の知性による欲求抑制という解釈図式と詳細に比較した上で、新たな解釈枠の創出を試みた。 ③プラトンにおける「自己への配慮」及び「身体の使用」の実相を解明すべく、各論点を『アルキビアデス』『カルミデス』の原典及び枢要な注釈書において重点的に考察した。 以上を総括するに、それぞれの領域においては従来から優れた研究が少なくないが、本研究のように『雅歌』解釈の史的展開が哲学と教父学の両面から総合的、体系的に研究されることは稀であり、まだ序論段階とはいえ、その限りで多いに意義ある成果を得たものと思われる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2019年度の研究目的の達成度に関して、おおむね順調に進展しているという自己評価は以下の理由による。 ① 本研究の方向性を基礎づけた拙論「愛(エロース)と欲求(エピテュミア)―オリゲネスとニュッサのグレゴリオスの『雅歌』解釈をめぐって」を収めた拙著『教父と哲学ーギリシア教父哲学論集』が2019年9月に刊行され、その後同年12月に東京大学と北海道大学で開催された二つの合評会で、本研究の進展に資する貴重な助言や批評をいただき、それまで見落としていたいくつかの論点に大幅な修正を施すことができた。 ②プラトン『アルキビアデス』『カルミデス』の具体的なテクスト読解上の問題や解釈上の難点について、研究協力者として本研究と並行して私が取り組んでいる科研費共同研究(基盤研究(B)「古代ギリシア文明における超越と人間の価値―欧文総合研究―」)の主要メンバーである我が国を代表する多くのプラトン研究者から大変有益なコメントやレクチャーを受けることによって大いに啓発され、本研究のテーマに関しても多大の収穫を得た。 以上が、本研究が順調な進展を遂げていると自己評価できた研究活動面での理由である。
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Strategy for Future Research Activity |
初年度の研究成果を基に、次年度は以下4種の研究活動を行なう予定である。 ①グレゴリオスの『雅歌』解釈に固有な愛と欲求の理論をプラトン、アリストテレスのエロース論や魂論と比較考察し、そこに見出される双方の差異の源泉を古代末期のセネカ、マルクス・アウレリウス、プルタルコス、アプレイウスらのうちに追跡調査する。 ②グレゴリオス『魂と復活』『人間創造論』に含まれる人間論を精査し、欲求が人間本性の完成に不可欠な本質契機であることを文献に即した形で解明・立証する。 ③M. FoucaultやP. Hadotの「自己への配慮」「生の技法」概念やG. Agambenの「身体の使用」概念などを用い、現代思想の観点からグレゴリオス『雅歌講話』を再考する。 以上の研究成果は、順次、様々な学会や出版物を介して発表される予定である。
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Causes of Carryover |
(理由) 当初2019年度予算で計画していたOxfordで開催される国際教父学会への出席が、本務校公務(通信教育部のスクーリング)や学会公務(主に中世哲学会での編集委員長としての職務)などの職務と重なったため欠席を余儀なくされ、さらに年度末にその代替学会として計画されていたメルボルン開催の環太平洋初期キリスト教学会(APECSS)も新型コロナウイルス感染対策のため中止となったため、予算計上されていた外国旅費が執行できなくなり、次年度使用額が生じた次第である。 (使用計画) 次年度使用額分については、国内外の資料収集および当地在住の研究者との研究交流のための費用(主に旅費)に充てていく予定である。その他、当初請求した助成金の使用計画は、海外旅行費の他に、図書購入費等の備品費や資料整理およびデータ入力のための謝金など、ほぼ計画的に進める予定である。
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