2020 Fiscal Year Research-status Report
ギリシア教父の『雅歌』解釈における欲求・身体・自己論の変容史研究
Project/Area Number |
19K00115
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Research Institution | Chuo University |
Principal Investigator |
土橋 茂樹 中央大学, 文学部, 教授 (80207399)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 『雅歌』 / ニュッサのグレゴリオス / プラトン / アリストテレス / 自己への配慮 / 身体の使用 / 愛 / 欲求 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、旧約聖書の中で男女の恋愛を歌った異色の書『雅歌』を神との神秘的合一への道行きの書として高く評価するオリゲネス出自の解釈伝統が、いかなる神学的、哲学的影響の下にどのような変容を被ったかを、古代末期の哲学諸学派とギリシア教父双方の文献において、自己への配慮、欲求の訓練、身体の使用という観点から検証・考察することを目的とする。研究2年目にあたる2020年度は、初年度の研究成果を承けて、以下の3種の研究活動を行った。 ①ニュッサのグレゴリオスの『雅歌』解釈に固有な愛と欲求の理論をプラトン、アリストテレスのエロース論や魂論と比較考察し、そこに見出される双方の差異の源泉を古代末期のセネカ、マルクス・アウレリウス、プルタルコス、アプレイウスらのうちに追跡調査した。 ②グレゴリオス『魂と復活』『人間創造論』に含まれる人間論を精査し、欲求が人間本性の完成に不可欠な本質契機であることを文献に即した形で解明・立証するための基礎固めがなされた。 ③M. FoucaultやP. Hadotの「自己への配慮」「生の技法」概念やG. Agambenの「身体の使用」概念などを用い、現代思想の観点からグレゴリオス『雅歌講話』の再考を試みた。 以上、いずれの研究においても、従来からの少なからぬ優れた研究を吸収した上で、数多くの一次文献を本研究に固有な観点から新たに綜合的かつ体系的に読み解いていくことができた。その限りで大いに意義ある成果を得たものと思われる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2020年度の研究目的の達成度に関して、おおむね順調に進展しているという自己評価は以下の理由による。 ① 本研究において、もっとも重要なテクストであるニュッサのグレゴリオスの『雅歌講話』と並んで重要なテクストである『魂と復活』にはまだ邦訳がなかったが、2020年度中の研究対象としてかなりの部分の試訳が進んだ結果、2021年度中には全翻訳を完了し、翻訳書の出版が実現する見込みとなった。 ② 本研究の成果の一部(特にニュッサのグレゴリオスの愛の理論や人間論)を組み込んだキリスト教書が2021ないし22年度中に教文館から出版される企画が通り、2020年度中にほぼ草稿を書き終えることができた。 ③ 以上のように、一方では、本研究の課題テーマそのものに関しても多大な収穫を得た上に、そのいわば副産物として翻訳書と単著の出版が実現する見通しがたった点で、本研究が順調な進展を遂げていると自己評価できるのであるが、他方で、年間を通じた新型コロナ・ウィルスのパンデミック化に伴い、予定していた学会発表や、国内外の研究者との研究交流等の一切がキャンセルとなった。その点で、コロナ禍という外的制約によるものとはいえ、研究が必ずしも万全に進捗したとは言い難い面が少なからずあったことも申し添えておきたい。
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Strategy for Future Research Activity |
初年度と2年目の研究成果を基に、最終年度である次年度は以下の2種の研究活動を行なう予定である。 ①オリゲネスからグレゴリオスに至る『雅歌』解釈の伝統をプロティノスから偽ディオニュシオスに至る神秘思想の文脈から再考することによって、東方教父思想において周知の否定神学的系譜とは異なる「愛と欲求の力による神との合一」思想の系譜として新たに跡づけ、神の本性よりもむしろその力と働きに着目した力動的な神学解釈の構想を立案する。 ②前年度までの研究成果を踏まえて、絶えず欲求を訓練し身体を使用する非実体的な主体をみずからの自己を配慮し続ける力動的な生の超越論的源泉として哲学的に立論することによって、グレゴリオス『雅歌講話』を中心としたギリシア教父文献の新たな解釈としてのみならず、一般思想史における教父思想の位置付けをも刷新する契機としてその展望を開示する。 以上の研究成果は、順次、様々な学会や出版物を介して発表される予定である。
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Causes of Carryover |
新型コロナウィルスの世界規模での感染症拡大により、予定していた国内外の学会がすべて開催中止か規模を縮小した上でのオンライン開催となり、さらにイタリアの古書店から一括購入を予定していた希少文献が、コロナ禍の影響による当該古書店の事情により購入困難となってしまった。以上の理由により、当初予定していた交通費および図書購入のための予算の執行が困難となり、研究費を繰り越す必要性が生じた次第である。 翌年度への繰越し金に関しては、当初計画していた希少文献の一括購入を、再度、上記の古書店と交渉し、その購入費用に充当するほか、国内外の研究者との研究交流のための旅費や、オンライン会議用の機器類の購入に当てる予定である。
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