2021 Fiscal Year Research-status Report
「あいだ」と「つながり」―東南アジア島嶼部の伝統音楽・舞踊における一体感の生成
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19K00151
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Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
増野 亜子 東京藝術大学, 音楽学部, 講師 (50747160)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 身体 / 関係性 / 音楽 / 舞踊 / 社会 |
Outline of Annual Research Achievements |
当研究ではこれまで主に、舞踊や演奏者の<身体>と、声や楽器演奏の<音>のミクロなレヴェルでの相互関係やそこで生まれる一体感を「あいだ」と「つながり」と呼んで考察対象としてきたが、2021年度はこれらを(1)周囲の環境・空間との関係、(2)演者とモノの間の関係、(3)地域社会の集団的アイデンティティ表現とのかかわりにおいて考察した。研究成果として書籍所収論文1本、学術誌論文1本を刊行し、学会での口頭発表3本(国際伝統音楽学会東南アジア芸能研究グループ、インドネシア研究懇話会、東洋音楽学会)を行って、各領域の専門家からフィードバックを受けた。内容概略は下記の通りである。 (1)インドネシア・バリ島におけるヒンドゥー教徒とムスリムの音楽を伴う行列の事例を分析し、音楽家や舞踊家を含む行列参加者の身体的行動(歩く、集まる、踊る等)・音(音楽以外の多様な音を含む)・場所と空間の間の相互作用から、できごととしての行列体験が生み出されるダイナミクスを明らかにした(書籍所収論文、国際学会発表論文) (2)バリの伝統芸能アルジャの衣装の一部である冠に焦点を当て、モノと身体の相互作用的関係について考察した。冠や衣装と演者の身体は芸能の中では一つの「つながり」として現れるが、舞台を離れれば、それぞれに固有の属性(形状、材質、持続性、可変性等)を持つ別個のモノとして存在する。この身体と冠のつながりが、それ自体は形を持たない規範としての「キャラクター」の伝承を支え、補っていることを指摘した(雑誌論文)。 (3)バリのムスリムの群舞ルダットを伝統的な武術の身体技法が芸能化したとしてとらえ、芸能化の過程で個人の技術よりも、共同体のアイデンティティと一体感を強調する表現形態に変化していったことを指摘した(口頭発表)。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
世界的にコロナ感染の拡大状況が改善しないことから、2021年度もインドネシア及びマレーシアでの現地調査を断念せざるを得ず、研究期間を一年延長した。このため地域横断的な比較研究という当初の計画方針を転換する必要が生じ、課題に対するアプローチの方法を再構築したため、当初の計画からはやや遅れている。 2019年度に実施した研究公演(バリの伝統影絵芝居の日本上演)の動画編集・台詞の文字化と翻訳、字幕化作業は予定通りほぼ終了しているが、現地調査が実施できなかったために、最終的な演者との議論や確認ができておらず、資料の分析とそれに基づく考察は今年度に持ち越しとする。 一方、既に実施したバリ島での調査資料を活用し、より多角的な視点から考察する方針に変更した。その過程で「音と身体」「人と人」の相互作用的つながりを、よりマクロな場所・空間・環境の中でに位置づけるという着想を得た。2021年度は民族音楽学、文化人類学、生態学、社会学、サウンドスタディーズにおける場所論の先行研究を精査することで、これまで行ってきた「あいだとつながり」の芸能論との接続方法を模索した。この新たな視点から、調査資料を読み直す作業によって課題に対する理解を深めることができた。 総合的には計画からやや遅れている部分があるものの、全体として研究は前進し、深化していると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
2019-20年度は音と身体の「つながり」を考え、2021年度は場所やモノと音楽や芸能の関係を考えてきた。2022年度は、この二つの「つながり」が、「人と人」の関係性にどのような影響を与えているかを考察する。芸能や音楽の実践は音楽家、舞踊家、観客といった人々の社会的関係をどのように媒介・構築・変容させるのか。またどのような人間関係性が芸能の上演や伝承を可能にするのかを、競技会、学習・練習の過程、儀礼等の文脈で考えたい。 今年度は①現地調査、②文献調査、③調査資料分析を実施する。最終年度に予定していたインドネシアのスマトラ島・ジャワ島とマレーシアでの現地調査は、現地のコロナ感染状況の見通しが立たないために断念する。一方、現時点で現地状況が比較的安定し、現地で芸能活動が復活しつつあるバリ島では、現地調査の実施を計画している。現地調査では①2019年度に実施した影絵芝居公演の調査資料に基づく現地演者とのディスカッション、②舞踊劇ジャンゲルの実施状況の調査、③音楽家・舞踊家へのインタビューを実施する予定である。また情勢の変化で海外調査が実施できない場合には、①オンライン・インタビューの実施、②国内の伝統芸能実践に関する現地調査の実施、及びインドネシアでの調査資料との比較分析といった方法を検討している。 場所論についての文献調査と、映像資料の文字起こし・翻訳・分析、これまでの調査資料の分析は今年度も継続して実施する。 また今年度は最終年度でもあるため、研究成果の公表にも積極的に取り組む。具体的には①研究公演で記録した影絵芝居動画を編集し、字幕を付けたものの一般公開、②学術誌への論文投稿、③国際伝統音楽学会(ICTM)国際大会での研究発表(口頭発表)を予定している。
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Causes of Carryover |
コロナ感染拡大状況が改善しなかったため、予定していた海外での現地調査が2021年度までに実施できなかった。このためやむなく2022年度に延期し、研究期間を延長した。また出席を予定していた国際学会と国内学会が、いずれもオンライン開催に変更されたため、旅費の支出が予定よりも大幅に少なくなった。 この予算は今年度実施予定の(1)インドネシアでの現地調査の旅費、(2)調査資料の翻訳と分析にかかる人件費、(3)映像公開のための準備の経費として使用予定である。
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