2021 Fiscal Year Research-status Report
A Comparative Study of the Viewpoints in the Works of Beckett and Hitchcock
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19K00162
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
岡室 美奈子 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (10221847)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | ベケット / ヒッチコック / 『フィルム』 / 『裏窓』 / カメラアイ / 視線 / 脳の眼 / 別役実 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題は、ベケットの映像作品とヒッチコックの映画やテレビドラマを比較検討し、これまで看過されてきた両者の類似性を、視線の構造という観点から明らかにすることを目的とするものである。令和3年度も令和2年度に引き続きコロナ禍により海外での資料調査を断念するなど、研究方針の軌道修正を余儀なくされた。 まず、当初の計画どおり、トム・ガニングが『裏窓』について指摘した「フレーム」が見るという行為を強調している」という指摘を手がかりに、ベケットがフレームを通した「窃視」というコンセプトをヒッチコックから受け継ぎ、フレームが視聴体験に組み込まれたテレビというメディアに転用したのではないかという仮説を検証するため、両者の映像作品の分析を進め、本研究の中核となる研究を推進した。 併せて、映画論、テレビ論を中心に関連文献を参照しつつ、ベケットとヒッチコックの映像作品を、視線の構造や撮影技法に特徴のある国内外の広範な映像作品と比較し、ヒッチコックとベケットの映像作品における視覚のあり方に、単なる類似性以上の影響関係が見られるかどうかを検討した。 また、令和2年度に行った新資料を基にした劇作家・別役実によるベケット作品の構造分析の考察を発展させ、ベケットからの強い影響下に書かれた別役の不条理劇が前近代的な芸能における語る主体や見る主体の転換や曖昧さと深く結びついていることを明らかにし、その成果を表象文化論学会第15回大会でパネル発表を行った。そして別役がベケット作品にも同様の性質を見出していたことから、この成果を基にベケットが語りや見る主体をめぐる複雑な操作によって近代的な視線や主体からいかに逃れようとしたかを考察し、『めまい』などのヒッチコック作品における見る主体の揺らぎと比較検討した。 以上の研究成果を活かして『新訳ベケット戯曲全集3 フィルム:映画・ラジオ・テレビ作品集』を監訳し出版した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の予定では、令和元年度にアイルランド系英国人のヒッチコックと、英国系アイルランド人のベケットとの、視線や知覚をめぐる思想的・文化的共通基盤を探るため、アイルランドと英国で草稿や文献の調査を行う予定であった。また、令和二年度には、日本では入手し難い、ヒッチコックのテレビ作品に関する研究資料をアメリカで収集・調査し、令和3年度にはその成果を国際学会で発表する予定であったが、いずれもコロナ禍により断念せざるをえなかった。加えて、同じくコロナ禍により大学で勤務管理をすることが困難だったため文献資料整理と入力のアルバイトを雇用することができなかったことから、研究計画の大幅な変更を余儀なくされた。 初年度は、ベケットの『フィルム』とヒッチコック『裏窓』を映画的「語り」を切り口として視線のあり方を比較研究し、『フィルム』が『裏窓』への応答として書かれた可能性を指摘したが、別役実の新資料を補助線としてベケット作品の特異な構造について考察した。また、国内外の広範な映画やテレビドラマと、ヒッチコックとベケットの映像作品との比較を進め、両者の視線のあり方や撮影技法の特異性と共通点を炙り出すことに務めた。 令和3年度もこれらの作業を継続・発展させ、新資料の分析を通して、別役が前近代的な芸能とベケット作品に、語る主体や見る主体の転換や曖昧さという同様の特質を見出していたことを明らかにし、それを手がかりにベケットが語りや見る主体をめぐる複雑な操作によって近代的な視線や主体からいかに逃れようとしたかを考察し、『めまい』などのヒッチコック作品における見る主体の揺らぎと比較検討した。 また、本研究の中核をなす、視覚装置としての「フレーム」をベケットがヒッチコックから受け継ぎ、『フィルム』以降の映像作品に応用したのではないかという仮説の検証も進めており、上記の研究といかに接続するかが最終年度の課題となる。
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Strategy for Future Research Activity |
前述のとおり、コロナ禍による海外での資料収集と調査の中止等で研究計画の見直しを余儀なくされたため、当初3年間であった研究期間を4年間に延長した。本研究では、登場人物にはコントロール不可能な視線を内なる他者の視線として捉え、最終的にはベケットとヒッチコックが創作において意識や理性をいかに超克しようとしたかを明らかにしたい。それにより、これまでの研究では看過されてきたハリウッド映画の巨匠ヒッチコックと不条理演劇の旗手ベケットの作品との共通点を炙り出せると考えている。そのために、最終年度となる令和4年度には、下記の計画を実行し、成果をまとめたい。 ①本研究の中核として位置付けている、ヒッチコックとベケットの映像作品における「フレーム内フレーム」という視覚装置の機能の考察を進め、ベケットがテレビ作品を「覗き穴の芸術」と呼ぶに至った理由の一端がヒッチコックからの影響にあったことを論証する。 ②コロナ禍が収束すれば、中止となった海外出張のうち、ベケットとヒッチコックの視線や知覚をめぐる思想的・文化的共通基盤を探ることを目的とする、英国・アイルランド出張を実現させたい。 ③引き続き、関連文献を援用しつつベケットとヒッチコックの映像作品と国内外の特徴的な映画やテレビドラマとの比較を進め、両者の視線のあり方や撮影技法の特異性と共通点を炙り出す。とりわけ、ベケットの作品に通底する要素を多く含むと考えられる濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』に着目して「内なる他者」と語る主体の曖昧さという視点から、ベケットやヒッチコックの作品に見られる語る/見る主体の揺らぎと比較検討し、研究をまとめていきたい。 ④令和4年度には、令和3年度に準備を進めつつも実現できなかった、海外の学術誌への英語論文の投稿を行う予定である。海外での調査や国際学会での研究発表に関しては、コロナ禍の状況を慎重に見極めて判断したい。
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Causes of Carryover |
当初の予定では、令和元年度に、アイルランド系英国人のヒッチコックと英国系アイルランド人のベケットとの思想的・文化的共通基盤を探るため、アイルランドのトリニティ・カレッジと英国レディング大学にあるベケット・アーカイヴ等で草稿や文献の調査を行う予定であった。その後、バーミンガム大学の研究者らと国際シンポジウム”Beckett and Popular Culture”を共同主催することが急遽決定し、その開催と出張のための経費に変更した。また、令和二年度には、日本では入手し難い、ヒッチコックのテレビ作品に関する研究資料をアメリカで収集・調査する予定であった。が、いずれもコロナ禍により海外渡航ができず中止となった。加えて、同じくコロナ禍により大学で勤務管理をすることが困難だったため文献資料整理と入力のアルバイトを雇用することができなかったことから、予算使用計画に大きな狂いが生じ、消化することができなかった。 3年間の計画を4年間に延長したため、令和4年度が最終年度となる。軽量のPCを購入し、コロナ禍の状況が許せば、延期となっていたアイルランドのトリニティ・カレッジと英国レディング大学にあるベケット・アーカイヴ等での草稿や文献の調査を行う予定である。渡航が難しい場合には、ベケットとヒッチコックの映像作品と国内外の特徴的な映画やテレビドラマとの比較を進めるための文献と映像資料の購入に充てたい。
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Research Products
(5 results)