2022 Fiscal Year Research-status Report
A Comparative Study of the Viewpoints in the Works of Beckett and Hitchcock
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19K00162
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
岡室 美奈子 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (10221847)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | ベケット / ヒッチコック / 『フィルム』 / 『裏窓』 / カメラ・アイ / 視線 / 脳の眼 / 濱口竜介 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題は、サミュエル・ベケットの実験的な映像作品とアルフレッド・ヒッチコックの映画やテレビドラマを比較検討し、一見両極にあるような両者の共通点を、視線の構造という観点から明らかにすることを目的とする。 令和4年度もコロナ禍は収束せず、重症化リスクが高いことに鑑みて海外での資料調査を断念したため研究方針の軌道修正を余儀なくされた。そこで引き続き映画論、テレビ論を中心に関連文献を精査しつつ、ベケットとヒッチコックの映像作品を視線の構造や撮影技法に特徴のある国内外の広範な映像作品と比較し、両者の映像作品における視覚のあり方を検討した。さらに下記のとおり、これまでの研究成果を別の映画作品にも敷衍する研究を行った。 これまでの研究で、ベケットとヒッチコックがともに睡眠と覚醒の狭間に無意識の深層から汲み上げられるのか外部から到来するのか定かではない、起源の曖昧なイメージや言葉を作品の中に呼び込むことで、作家の主体的な意思や理性では制御されえぬ瞬間を捉えようとしたことを明らかにしてきた。 令和4年度には、睡眠と覚醒の狭間に到来する起源の曖昧な言葉やイメージが、濱口竜介の映画『ドライブ・マイ・カー』(2001)にも見出せることに着目し、ベケットの『オハイオ即興曲』(1980)と合わせ鏡のように読み解くことで両者の共通点を明らかにした。この研究は、本研究で構築してきた、ベケットの『フィルム』とヒッチコックの『裏窓』を合わせ鏡のように読み解く手法を応用し発展させたものである。この成果は、「霊媒化する身体――映画『ドライブ・マイ・カー』とベケット『オハイオ即興曲』における言葉の起源をめぐって」と題した論文にまとめ、日本サミュエル・ベケット研究会創立30周年記念論集に投稿し、既に査読を通過している。この成果はまた、ベケットの作品が現代の映像作品を読解する手がかりとなりうることを示したと言える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の予定では、令和元年度に、アイルランド系英国人のヒッチコックと、英国系アイルランド人のベケットとの、視線や知覚をめぐる思想的・文化的共通基盤を探るため、アイルランドと英国で草稿や文献の調査を行う予定であった。また、令和二年度には、日本では入手し難いヒッチコックのテレビ作品に関する研究資料をアメリカで収集・調査し、令和3年度にはその成果を国際学会で発表する予定であったが、いずれもコロナ禍により断念せざるをえず、2度にわたって延長したがコロナ禍は依然として収束しなかった。 初年度は、ベケットの『フィルム』とヒッチコック『裏窓』を映画的「語り」を切り口として視線のあり方を比較研究し、『フィルム』が『裏窓』への応答として書かれた可能性を指摘するとともに、別役実の新資料を補助線としてベケット作品の特異な構造について考察した。また、国内外の広範な映画やテレビドラマと、ヒッチコックとベケットの映像作品との比較を進め、両者の視線のあり方や撮影技法の特異性と共通点を炙り出すことに務めた。 令和3年度もこれらの研究を継続・発展させ、新資料の分析を通して、別役実が前近代的な芸能とベケット作品に、語る主体や見る主体の転換や曖昧さという同様の特質を見出していたことを明らかにし、それを手がかりにベケットが語りや見る主体をめぐる複雑な操作によって近代的な視線や主体からいかに逃れようとしたかを考察し、『めまい』などのヒッチコック作品における見る主体の揺らぎと比較検討しつつ、「フレーム」の概念の検討を進めた。 令和4年度は「研究実績の概要」で述べたとおり、睡眠と覚醒の狭間に出現する起源の曖昧なイメージや言葉を作品の中に呼び込むことで、作家の主体的な意思や理性では制御されえぬ瞬間を捉えようとするベケットやヒッチコックの試みが、濱口竜介監督の映画『ドライブ・マイ・カー』にも見出せることを明らかにした。
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Strategy for Future Research Activity |
コロナ禍による海外での資料収集と調査の中止等で研究計画の見直しを余儀なくされたため、当初3年間であった研究期間を5年間に再延長した。本研究では、登場人物にはコントロール不可能な視線を内なる他者の視線として捉え、ベケットとヒッチコックが創作において意識や理性をいかに超克しようとしたかを明らかにする。それにより、これまでの研究では看過されてきたハリウッド映画の巨匠ヒッチコックと不条理演劇の旗手ベケットの作品との共通点を炙り出せると考えている。そのために、最終年度となる令和5年度には、下記の計画を実行し、成果をまとめたい。 ①本研究の中核として位置付けている、ヒッチコックとベケットの映像作品における「フレーム内フレーム」という視覚装置の機能の考察を進め、ベケットがテレビ作品を「覗き穴の芸術」と呼ぶに至った理由の一端がヒッチコックからの影響にあったことを論証する。 ②コロナ禍が収束すれば、中止となった海外出張のうち、ベケットとヒッチコックの視線や知覚をめぐる思想的・文化的共通基盤を探ることを目的とする、英国・アイルランド出張を実現させたいが、重症化リスクが高いため、コロナ禍の状況を慎重に見極めて判断したい。 ③引き続き、映画論、テレビ論を中心に関連文献を精査しつつ、ベケットとヒッチコックの映像作品を視線の構造や撮影技法に特徴のある国内外の広範な映像作品と比較し、両者の映像作品における視覚のあり方を検討し、視線のあり方や撮影技法の特異性と共通点を炙り出す。 ④令和5年度には、これまでに準備を進めつつも実現できなかった、海外の学術誌への英語論文の投稿を行うとともに、引き続き国内の学術誌または論集への投稿を行う予定である。海外での調査や国際学会での研究発表に関しても、コロナ禍の状況を慎重に見極めて判断したい。
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Causes of Carryover |
当初の予定では、バーミンガム大学との共同主催により国際シンポジウム”Beckett and Popular Culture”を開催して研究発表を行い、また、アイルランド系英国人のヒッチコックと英国系アイルランド人のベケットとの、視線や知覚をめぐる思想的・文化的共通基盤を探るため、アイルランドのトリニティ・カレッジと英国レディング大学にあるベケット・アーカイヴ等で草稿や文献の調査を行うほか、ヒッチコックのテレビ作品に関する研究資料をアメリカで収集・調査する予定で海外出張を計画していた。が、いずれもコロナ禍により中止となった。加えて、同じくコロナ禍により大学で勤務管理をすることが困難だったため文献資料整理と入力のアルバイトを雇用することができなかったことなどから、予算使用計画に大きな狂いが生じた。令和4年度もコロナ禍が収束せず、重症化リスクが高いことから海外での調査研究を断念せざるをえなかったため、予算の消化が困難となった。 再延長した令和5年度には、コロナ禍の状況が許せば、延期となっていたアイルランドのトリニティ・カレッジと英国レディング大学にあるベケット・アーカイヴ等での草稿や文献の調査を行う予定である。渡航が難しい場合には、ベケットとヒッチコックの映像作品と国内外の特徴的な映画やテレビドラマとの比較を進めるための文献と映像資料の購入、さらに英語論文の校閲費等に充てたい。
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