2020 Fiscal Year Research-status Report
Realism, Vision and Spirituality: A Study of the Image in Netherlandish Illuminated Prayer Books of the 15th and 16th Centuries
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19K00200
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Research Institution | Rikkyo University |
Principal Investigator |
黒岩 三恵 立教大学, 異文化コミュニケーション学部, 教授 (80422351)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 彩飾写本 / ブルゴーニュ公 / 聖体 / 聖バルバラ / 祈祷書 / ネーデルラント美術 / フィリップ善良公 / 美術史 |
Outline of Annual Research Achievements |
Sars-cov2パンデミックによる入国制限により計画していたイギリス、オランダ、ドイツでの写本の実地調査は延期した。代わって15.16世紀ネーデルラントの霊性と美術に関する以下の二つの調査・分析で成果をみた。 第一に、当該地域における聖体図像と聖体の祝日関連の資料をインターネット上のデータベースと二次文献から収集を進めた。その結果、聖体の祝日関連の資料の他、聖体図像では2件の新例を確認できた。一つは14世紀に起きたブリュッセルを舞台とする聖体冒涜事件と奇跡をめぐる伝承と図像であり、もう一つは14世紀以降に突如崇敬を集めた、4世紀の殉教聖人バルバラの聖人伝と図像である。前者は、聖体崇敬の一側面として無視できない反ユダヤ主義との関わりについて新たな研究の方向を示唆する。後者は、典礼、社会史、文献学的な先行研究をもとに、ネーデルラントでバルバラを奉じる複数の職能集団の同信会、複数の俗語聖人伝や聖人劇、複数の使用式の聖歌・式文の存在が確認され、社会階層を横断する聖女崇敬とそれを支える多彩な言説と図像から、より多角的に聖体信仰の深化の実態を覗うことが可能との感触を得た。 第二に、上述の実地調査対象の彩飾写本のうち、インターネットの写本データベースで写本全体の頁を閲覧可能な1点、バイエルン州立図書館所蔵の「フィリップ善良公のいとも小さき祈祷書」について、限定的ながら写本学、彩飾の様式と図像プログラム、聖人請願を中心とする後補式文、手指皮脂汚れ等の観点から総合的な分析を行った。その結果、挿絵の擬古的な様式から名高い板絵画家や年代記作家を庇護した時期との関連や、本文、後補ともにバルバラ請願を含むという新事実の確認、当初のパリ使用式文を後補によってローカル化する意図、皮脂汚れと善良公の肖像の分析から彼の祈祷行為の実態等、一個人の霊的な実践と美術庇護の事例を具体的に解明し論文にまとめた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
本研究は、中世末期からルネサンス期にかけて、特に個人が使用する祈祷集写本で繊細な写実主義と入り組んだイリュージョニズムに到達したネーデルラント写本彩飾について、単に絵画の様式と技法の展開から説明するだけではなく、デヴォティオ・モデルナに代表される私的な信仰の深化と関連づけて視覚性を霊性の観点から説明しようとすることが眼目である。それゆえ、個人が五感を駆使して祈祷集写本を持ち、ページを繰り、祈祷文を朗誦する等の信仰の行為を実感し追体験すること、すなわち実際に写本作例を見、手に取っての調査を行うことが本研究では必須である。 しかし、研究実績の概要の項でも言及したとおり、Sars-cov2感染の拡がりを原因として海外での実地調査旅行がほぼすべて不可能となった。研究休暇を利用して令和3年8月中旬より約6か月間のベルギー滞在中に、研究のもう一方の中核となる聖体信仰と聖体図像に関連する多様な資料の発見は、実地調査ならびに調査後の分析と考察に大いに資する成果であり、本研究の将来的な展開の方向性にもつながる収穫だったのは確かである。実地調査の対象とした彩飾写本は、先行研究によって知られるテクスト内容と彩飾の特性を基準として選択したが、大部分は電子化もほとんどなされていない作例でもある。 実地調査が未実施という現状、ひいては視覚の霊性というものが未解明である研究段階を顧みると、遺憾ながら研究の進捗状況は遅れていると言明するほかない。今後、感染の収束が見込まれるが、本年令和3年度中に計画全てを遂行することは相当の困難を伴うと判断される。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究の推進の方策は以下の二つに分けて説明することが適切と判断している。 まず、イギリス、オランダ、ドイツならびに本年令和3年度に計画しているアメリカ合衆国での実地調査を可能な限り遂行することが挙げられる。ワクチン接種等のSars-cov2の感染・防疫対策は進行中であるが、海外渡航が可能となるのは、早くて本年度の後半以降と予想される。本研究計画の最終年度にあたる本年に、研究期間の延長申請を提出したうえで、令和3年度後半と延長承認後の令和4年度に分けて実地調査を行う。入国の状況を慎重に判断しながら、2回から4回の海外出張を逐次的に計画し実行する予定である。 並行して、研究成果の発表を順次行っていく。まず、これまで新たに確認された資料をもとに、ネーデルラントにおける聖体信仰と聖体図像に関して、図像学的な視点を含めた論考を令和3年度に出す予定である。また、数年来のフィリップ善良公の複数の彩飾祈祷集写本に関する知見の蓄積から、善良公という一個人の視点から、美術庇護の政治性と私的な信仰の霊性が交差する地点から霊的な視覚性についての一試論をまとめる計画である。さらに、実地調査を行った彩飾写本については、調査が完了した作例単位に詳細なカタログ資料の作成を行う予定である。これを踏まえて、ネーデルラント彩飾写本における霊的な視覚性について報告書を作成する計画である。 なお、ブリュッセルにおける聖体冒涜と奇跡の伝承については、中世ユダヤ研究の領域で令和4年以降に発表する計画が立ち上がったところである。実地調査の実行が困難な場合や、発表計画の進捗状況次第では今後、ユダヤ教や反ユダヤ主義とキリスト教霊性との関係への研究の比重をより大きくする可能性がある。
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Causes of Carryover |
令和2年度に次年度使用額が生じた理由は三つある。 一つは、資料の購入費を中心に経費の節約が可能となったことである。二次資料は、主としてベルギー滞在中に収集した。ベルギー王立図書館で閲覧した資料は、個人で利用する目的で手持ちのデジタルカメラで撮影した場合は無制限で撮影可能とする制度を活用し、当座の資料を安価で入手することができた。なお、デジタル複製した資料を含めた重要と判断される資料はリスト化した。令和3年度に個人研究費や所属大学の図書館の図書購入費等の別の研究予算の支出によって購入する手はずを整えつつある。 二つ目は、今後彩飾写本の実地調査を遂行するにあたり、旅費を十分に確保する目的で次年度使用額をあえて残したことが理由である。航空券や宿泊費等の値上がり、欧州連合シェンゲン域の国際間の入国制限の存続等、通常とは異なる状況が想定されることに対応し、計画どおりの実地調査の実行のための対策を取った。 三つめは、研究計画の遅れ等を原因とする外国語による成果発表のための校閲費等の経費を未執行であることが理由である。令和4年度への研究期間の延長を生かし、口頭発表または投稿論文においてフランス語または英語による成果の発表を計画している。
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Research Products
(1 results)