2019 Fiscal Year Research-status Report
Early 17th century Roman religious paintings and ordinary people
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19K00206
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Research Institution | Fukuoka University |
Principal Investigator |
浦上 雅司 福岡大学, 人文学部, 教授 (60185080)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 一七世紀ローマ / 庶民と芸術 / 対抗改革期のカトリック美術 / 近世芸術受容における知識人と庶民 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、「庶民と美術との関わり」という観点から、17世紀ローマ聖堂に描かれた宗教画のデコルムを再検討する、というものだった。 アグッキやマンチーニ、バリオーネ、ベッローリ、マルヴァジーアなど、17世紀の美術を論じた知識人は多いが、庶民と美術との関わりについては、カラヴァッジォの作品を巡るエピソードが代表的な例だが、これらの著述家たちが間接的に伝えるものがほとんどであり、これまでの研究もそうした資料によって行われてきた。 しかしながら、キリスト教兄弟会(Confraternity)の活動には多くの庶民も参加しており、大規模な兄弟会については活動記録も残されている。本年度はこれに着目し、16世紀から17世紀にかけての聖年、世界中からローマを訪れる巡礼の世話にあたったことで知られるサンティッシマ・トリニタ兄弟会や、サン・ジョヴァンニ・デコラート兄弟会、ゴンファローネ兄弟会などの活動について調べ、その活動記録の読解を通して16世紀から17世紀にかけての庶民と宗教美術の関わりについてこれまでとは違った観点から考察した。 また、17世紀初頭のローマにおける絵画市場の有様についても、経済史、社会史的研究文献によって知見を深めた。社会史的研究で注目されたのは、17世紀初頭のローマの中心部の教区教会に残された人別帳調査の成果が公刊されたことである。これによってイタリア各地はもとより北方からやってきた画家たちがローマの中心部で庶民と混じって暮らしていたことがわかった。 17世紀初頭のローマ庶民は、近所に住む画家が聖堂に描いた祭壇画を、その作者を知った上で「鑑賞」していたのである。間接的な形であれ当該時期のローマにおける美術への関心の広まりを確認することは出来た。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
17世紀初頭のローマにおける主要なカトリック兄弟会の活動や、ローマにおける美術市場の発達、この町に暮らす決して豊かではない人たちが絵画など「美術品」を所有していた有様(主として死亡時の遺産台帳から知られる)、サンタ・マリア・ロトンダ聖堂やサン・ジョヴァンニ・デコラート聖堂で毎年、例大祭の日に行われていた聖画像の展示、謝肉祭の期間、ベランダにタペストリーや絵画が飾られたことなど、この時期のローマにおける庶民と美術の関わりについては様々な機会があったことが知られた。 すでに研究が進んで知られていることだが、16世紀の間に、貴族の間では、壁面装飾として、タペストリーや織物に代えて絵画が多く用いられるようになっていた。17世紀になると、絵画を飾ることはさほど豊かでない人々の間にも普及し、ローマでは、そうした人々も自宅の壁に絵画を飾るようになっていた。 室内に絵画を飾ることが同時代のオランダで先行していたことは、この地域の風俗画から確認されるが、17世紀初頭のローマにおける、室内装飾としての絵画需要の拡大は、オランダやフランドルからこの町にやってきた画家や画商たちの活躍とも密接に関わっていた。このように文献調査によって17世紀初頭のローマにおける美術と庶民の結びつきのあり方について、これまで以上に多くの知見を得ることは出来た。 文献学的調査と平行して、17世紀初頭のローマで庶民も見ることが出来た作品の調査も行っており、本年度は、3月にニューヨークおよびワシントンの美術館で作品調査を行う準備をしていた。しかしながらコロナ禍で中止せざるを得なくなった。今後、いつ調査に行けるか不明だが、令和2年度中には調査を行い、本研究をさらに進めたい。
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Strategy for Future Research Activity |
17世紀初頭のローマに暮らす庶民が、これまで考えられていた以上に深く、美術、特に聖堂を訪れて「鑑賞」できる祭壇画に関心を持てた、という本研究の出発点にあった仮説は、キリスト教兄弟会の活動、当時のローマにおける美術市場の事情、決して豊かではない人々の所蔵品に含まれる絵画等美術品の検討、教区教会の人別帳の調査、などから、間接的に、その妥当性が確認できたように思える。 今後は、さらに、詳しい記録が残っている、16世紀後半から17世紀にかけて行われた聖年の行事記録を検討し、特に1575年、1600年、1625年の各聖年における庶民と宗教美術の関わりについて知見を深めることが、新年度の最重要課題である。この調査によって、当該時期のローマにおける庶民と美術との関わりをさらに深く浮き彫りにできることが期待できる。 また、この時期、ローマで盛んに行われた四十時間聖体礼拝業、7大聖堂巡礼業など、庶民を巻き込んだ大規模な宗教行事についても記録が残されており、それらの記録を丹念に渉猟することによっても、庶民と美術の関わりについて文献学的に新知見を獲得することを目指す。七大聖堂巡礼業や四十時間聖体礼拝業など、庶民が聖堂を訪れて祭壇画や礼拝堂の壁画など、宗教美術と庶民の関わりについて調べるべきことはまだ多い。 しかしながら、間接的にではあれ、当該時期のローマにおける庶民と美術との関わりがかつてなかったほど深まっていたのはほぼ間違いないと、これまでの調査で確認できたので、そうした庶民への対応が、特に聖堂内部の絵画表現にどのような形で現れているのか、ローマで活躍した画家たちの作品の具体的検討も今後、着実に進めていく予定である。
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Causes of Carryover |
研究計画でも述べたように、平成2年3月に米国ニューヨーク市ならびにワシントン市に作品調査に行く計画を立て、ビザの電子申請を終え、米ドルも用意し、航空機チケットも購入済みだったが、コロナ禍でクオモ市長が緊急事態宣言を発令したことを受けて、予定をキャンセルした。さもなければ当該年度の予算は完全に消費するはずだったが、上記のような理由で次年度繰越金が生じた。電子ビザの有効期限や、購入した米ドルはまだそのままであり、可能であれば、本年度、改めて作品調査を行う予定である。
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